一人暮らしで犬や猫と暮らしていると、ふとした瞬間に「もし自分が先にいなくなったら、この子はどうなるんだろう」と考えてしまうことがあると思います。夜、眠っているその子の背中を見ながら、答えの出ない不安がよぎる――そんな気持ちを抱えている方は、決して少なくありません。
この記事では、飼い主に万一のことがあったときにペットが取り残されないよう、今日からできる備えを静かに整理しました。財布や玄関に置く緊急連絡カード、預け先との事前の合意、飼育費を託すための負担付遺贈・負担付死因贈与・ペット信託といった方法、老犬老猫ホームという選択肢まで、順番にお伝えします。
不安をあおるためのページではありません。備えを一つ持てるだけで、その不安はずいぶん軽くなります。全部そろえる必要もありません。できるところから、ひとつずつで大丈夫です。


一言でいうと、まずは「ペットがいることを周囲に伝えるカードを持ち歩く」「引き受けてくれる人と事前に合意しておく」の2つを先に整えるのが、いちばん確実な備えです。飼育費を託すための遺言や信託は、そのあとに専門家と相談しながら形にしていけば間に合います。
一人暮らしで自分が亡くなったら、ペットはどうなるのか
先に、現実として起こりうることを静かに確認しておきます。目をそらさずに知っておくほど、備えは具体的になります。
いちばん切実なのは、飼い主が急に倒れたとき、家の中にペットがいること自体が周囲に伝わらないという問題です。一人暮らしでは、入院や事故のあと数日間、誰も家に入らないということが起こり得ます。同居の家族がいる場合と違い、「知らせる仕組み」を自分で用意しておく必要があるのです。
もうひとつは、法律上の扱いです。日本の民法では「物」とは有体物をいうと定められており(民法第85条)、動物は法律上その「物」=動産として扱われます。そのため、ペットは財産を相続する側にはなれず、相続される財産のほうに位置づけられます(鶴見総合法律事務所の解説より)。「この子に財産を残す」という遺言は、そのままでは実現できません。代わりに、「この子の世話をしてくれる人に、飼育費とともに託す」という形をとることになります。この考え方が、後半でご紹介する負担付遺贈やペット信託の出発点です。

環境省が公開しているパンフレット「共に生きる 高齢ペットとシルバー世代」でも、自分がペットより先に亡くなったときのために、ペットを誰に託すか、残した財産をペットのためにどう使うかを決めておくことができると案内されています。同パンフレットでは、備えの選択肢としてペットのための遺言・信託、老犬老猫ホーム、ペット保険が挙げられています。国の資料でも触れられているほど、これは特別なことではなく、飼い主が普通に考えてよい準備です。
なお、行き先が決まらないまま自治体に引き取ってもらう、という道は最後の手段としても心もとないものです。自治体による犬猫の引取りは、環境省の告示のなかで「緊急避難として位置付けられたもの」とされており、終生飼養(最期まで飼い続けること)の責任を徹底する観点から、引取りを求める相当の事由がないと判断されれば引き取られないこともあります。自治体の窓口を当てにした備えは、備えになりません。だからこそ、生きているうちに預け先を決めておくことが大切になります。
今日できる備え|緊急連絡カードで「気づいてもらう」
いちばん費用がかからず、いちばん効果が大きいのが、この備えです。紙一枚でできます。
東京都動物愛護相談センターは「ペットを守る緊急連絡カード」を無料で公開しています。飼い主とペットの基本的な情報、かかりつけの動物病院、いざという時にペットを託せる方の連絡先を書き込める様式で、自分で伝えられない状況になっても、周囲の人にペットの存在を知らせることができることを目的としたものです。同センターは、発見されやすい場所に置いたり、普段から身に付けておいたりして使うよう案内しています。同じようなカードを配布している自治体は各地にありますので、お住まいの自治体の動物愛護担当窓口でも一度たずねてみてください。
1カードに書く内容を決める
自分の名前と連絡先、ペットの種類・名前・年齢・特徴、かかりつけの動物病院、そして「いざというときに託せる人」の名前と電話番号。最低限この4つがあれば、見つけた人が動けます。持病や薬、苦手なことも一行添えておくと安心です。
2財布とスマートフォンに1枚ずつ
救急搬送されたとき、身元確認のために最初に見られるのは財布です。健康保険証や免許証と一緒に入れておくと見つけてもらいやすくなります。スマートフォンのロック画面や、緊急連絡先の設定にも同じ情報を入れておきましょう。
3玄関の内側にも掲示する
家に入った人がすぐ気づけるよう、玄関の内側やリビングの見える場所にも同じ内容を貼っておきます。「猫が2頭います。フードは棚の上段です」という一文があるだけで、預かってくれる人の負担がまったく違います。
4連絡先の人に、先に伝えておく
カードに名前を書く前に、必ずその方本人に話しておいてください。事後に名前だけ見つかっても、ご本人が事情を知らなければ動けません。「もしものときは連絡がいくかもしれない」と一言伝えておくだけで、備えは実体を持ちます。

あわせて、日頃から近所の方や管理人さん、家族に「うちには猫がいる」と話しておくこと、宅配や見守りサービスを利用している場合はその担当者に伝えておくことも、立派な備えになります。備えとは、あなた以外の誰かがその子の存在を知っている状態をつくることだと考えてください。
誰に託すか|預け先の選択肢と、決め方
次に考えるのが「託す相手」です。ここが決まっていれば、あとの手続きはすべてその人のための準備になります。主な選択肢を整理しました。
| 預け先 | 引き受けてもらう形 | 費用の考え方 | 事前に確認したいこと |
|---|---|---|---|
| 家族・親族 | そのまま自宅で飼育してもらう | 飼育費を遺言・信託などで渡す | 住まいがペット可か、アレルギーや在宅時間に無理はないか |
| 友人・知人 | 同上(相性を見ておけると理想的) | 同上。負担が偏らない額を用意する | 「引き受けます」と本人の合意があるか、家族の同意も得ているか |
| 老犬老猫ホーム | 施設で終身または期間を決めて預かる | 月額または終身一括の料金 | 第一種動物取扱業の登録があるか、面会や日々の様子の報告はあるか |
| ペットシッター・一時預かり | 入院など短期の空白を埋める | 日額・回数制 | 鍵の預け方、緊急時の連絡手順を決めてあるか |
| 動物愛護団体・保護団体 | 団体を通じて新しい飼い主を探す | 寄付・預託金を求められる場合がある | 引受けの条件、譲渡後の方針、団体の運営実態を確認できるか |
どこを選ぶにしても、共通する最重要点はひとつです。相手に「引き受けます」と事前に合意をもらっておくこと。遺言に名前を書いただけでは、相手には断る自由があります。口約束でも構いませんので、まずは話をしておいてください。そのうえで、後半の書面の備えに進むと、相手も安心して引き受けられます。

老犬老猫ホームという選択肢
頼れる人が近くにいない場合の現実的な受け皿が、老犬老猫ホーム(終身預かり施設)です。環境省のパンフレットでも「ペットを預かり亡くなるまで世話をしてくれる民間業者(第一種動物取扱業)があります。よく調べて相談のうえ、利用するようにしましょう」と案内されています。動物を預かって世話をする事業には第一種動物取扱業の登録が必要ですので、登録の有無と登録番号は必ず確認してください。
費用は施設と地域によって幅があります。老犬ホーム・老猫ホームの情報サイト「老犬ケア」(リブモ株式会社)が掲載施設をもとに集計した相場(2022年3月時点)では、終身一括の目安は小型犬・猫でおよそ120万円、中型犬でおよそ160万円。月払いの場合は関東で小型犬が月9万円台、猫が月7万円台、関西や東海ではこれより低い水準が示されています。執筆時点(2026年8月)でも施設ごとの差は大きいため、必ず複数の施設に見積もりを依頼してください。
「施設に預けるのは見捨てることではないか」と苦しくなる方もいらっしゃいます。けれど、行き場のないまま残されるより、食事と寝床と人の手がある場所を用意しておくことは、まぎれもなく愛情です。どうかご自分を責めないでください。
お金と書面の備え|負担付遺贈・負担付死因贈与・ペット信託
預け先が決まったら、次は「その子の飼育費をどう渡すか」です。ここで使われるのが、次の3つの方法です。制度の呼び名は似ていますが、性質はかなり違います。
| 方法 | どんな仕組みか | 根拠となる法律 | 気をつけたい点 |
|---|---|---|---|
| 負担付遺贈 | 遺言書で「ペットの世話をすること」を条件に財産を遺す | 民法第1002条(負担付遺贈) | 遺言は一方的な行為のため、受け取る側が遺贈を放棄することができる |
| 負担付死因贈与 | 生前に「亡くなったら財産を渡す。かわりに世話を」と契約しておく | 民法第554条(死因贈与) | 契約なので相手が一方的に放棄はできない一方、贈る側は原則として生前に撤回できる |
| ペット信託 | 飼育費を信託財産として託し、受託者が管理して飼育者に渡していく | 信託法にもとづく信託契約 | 受託者・飼育者・監督する人を確保する必要があり、設計と費用の負担が大きい |
負担付遺贈は、民法第1002条第1項で「負担付遺贈を受けた者は、遺贈の目的の価額を超えない限度においてのみ、負担した義務を履行する責任を負う」と定められています。つまり、受け取った財産の額を超えてまで世話をする義務は生じません。渡す金額が少なすぎると、責任の範囲もそこまでになる、という点は知っておいてください。行政書士法人Treeの解説によれば、約束どおり世話がされない場合には家庭裁判所への遺言取消しの請求といった手続きが必要になり、履行の監督が難しいという弱点もあります。
負担付死因贈与は、民法第554条が「贈与者の死亡によって効力を生ずる贈与については、その性質に反しない限り、遺贈に関する規定を準用する」と定めるものです。あらかじめ相手と契約しておくため、相手が事情を知らないまま突然名前が出てくる、という事態を避けられます。契約書を公正証書にしておけば、内容の証明という点でも安心です(公証役場の手数料が別途かかります)。
ペット信託は、信託法にもとづく信託契約を、ペットの飼育のために設計したものを指す呼び方です。飼い主(委託者)が財産を受託者に託し、受託者が契約の内容に沿って飼育者に飼育費を渡していきます。信託監督人を置けば、契約どおりに管理されているかを見てもらうこともできます。お金を一度に渡さず、必要な分だけ長期にわたって渡していける点が、他の方法にはない強みです。

費用はどのくらい見ておけばよいか
金額は、その子の残りの年数と、託し方によって大きく変わります。ひとつの目安として、VSG相続税理士法人がペット信託の費用として示している試算では、小型犬(残り10年と想定)で飼育費・初期費用・医療費の予備を合わせておよそ280万円〜360万円程度、猫(残り15年と想定)でおよそ260万円〜340万円程度とされています。契約書の作成費用は15万円〜30万円程度(契約書のみの場合)、設計全体を依頼すると30万円〜60万円程度、信託監督人を専門家に依頼した場合の報酬は月額1万円〜2万円程度という水準も示されています。
これはあくまで一例で、金額は依頼先・財産の額・その子の状況によって大きく上下します(執筆時点=2026年7月に確認できた公開情報にもとづく目安です)。まとまった額を用意できない場合でも、備えを諦める必要はありません。金額の大小より、「引き受けてくれる人がいて、その人が困らないだけの費用と情報が渡ること」のほうが本質です。数十万円でも、その子の年齢や健康状態によっては十分に意味があります。
専門家に相談するときの目安
託す人が困らないように、残しておきたい情報
お金や書面と同じくらい大切なのが、その子についての情報です。引き受けてくれた人が最初につまずくのは、法律ではなく「この子は何を食べるのか」「薬はいつなのか」という日々の細部です。ノート1冊、あるいはスマートフォンのメモでも構いません。
- フードの銘柄・量・回数、食べさせてはいけないもの
- 持病・服薬の内容と時間、かかりつけ動物病院の名前と電話番号
- ワクチン接種歴、マイクロチップの番号、登録している自治体(犬の場合)
- トイレ・寝床の場所、怖がるもの、好きな遊びや呼びかけ方
- 加入しているペット保険の会社名と証券番号
- その子が旅立ったときに、どう見送ってほしいか(希望があれば)
最後の一行を書くのはつらいかもしれません。けれど、託された人がいちばん判断に迷うのがこの部分です。火葬の形式や供養の希望を一行残しておくだけで、その方の重荷はずいぶん軽くなります。ペットが亡くなったあとの流れをまだご存じない方は、こちらの記事も参考になさってください。

あわせて、その子を見送ることになったときの体の変化や、してあげられることを知っておくと、託された方も落ち着いて対応できます。
そしてもうひとつ。備えは一度作ったら終わりではありません。預け先の方の状況も、その子の健康状態も変わります。年に一度、誕生日やワクチンの時期に見直すと決めておくと、無理なく続けられます。
よくある質問
※本記事の費用は執筆時点(2026年8月)に確認できた公開情報にもとづく目安であり、実際の金額は施設・依頼先・その子の状況により異なります。最新の情報は各施設・各事業者にご確認ください。※本記事は一般的な情報の提供を目的としたもので、法律相談・税務相談にあたるものではありません。遺言・契約・信託・税務の個別の判断については、弁護士・司法書士・行政書士・税理士などの専門家にご相談ください。
まとめ
一人暮らしで自分に万一のことがあったとき、ペットを取り残さないための備えをお伝えしてきました。順番はいつも同じです。まず緊急連絡カードで「その子がいること」を周囲に伝わるようにし、次に預け先の方から事前の合意をもらうこと。そのうえで、飼育費を渡す方法(負担付遺贈・負担付死因贈与・ペット信託)を専門家と相談して書面にし、ケアノートに日々の情報を残しておけば、備えはひととおり整います。
全部を今日そろえる必要はありません。カード1枚を財布に入れるところから始めれば、それだけでその子の生きのびる可能性は確実に上がります。あなたがこうして調べていること自体が、その子への深い愛情のあらわれです。どうか、あなたとその子の毎日が、これからも穏やかに続いていきますように。