夜、いつものように眠りについたと思ったら、深夜に急に鳴きはじめる。名前を呼んでもぼんやりして反応が薄い、部屋の隅で立ち止まって動けなくなっている、同じ方向へぐるぐると歩き続けている——。長く一緒に暮らしてきた愛犬に、こんな変化があらわれると、「どうしてしまったのだろう」「もしかして認知症だろうか」と、胸がざわついて眠れない夜を過ごしている方も多いのではないでしょうか。
犬にも、年齢を重ねるとともに認知機能が少しずつ衰えていくことがあり、これは「認知機能不全症候群(CDS)」とも呼ばれます。夜鳴きや徘徊、昼夜逆転といった変化は、飼い主さんにとって心身ともに負担が大きいものです。この記事では、犬の認知症であらわれる症状や気づきのサイン、進行のしかた、そして日々の介護や向き合い方のヒントを、動物病院や獣医師が監修する情報をもとに、静かにまとめました。同じような症状は治療できる病気でもあらわれることがあるため、正しく知って落ち着いて向き合うための手がかりになればと願っています。


一言でいうと、犬の認知症(認知機能不全症候群)は「夜鳴き・昼夜逆転」「徘徊・旋回」「呼びかけへの反応の低下」「トイレの失敗」などの変化としてあらわれる、加齢にともなう脳の働きの衰えとされています。ただし同じような症状は体の痛みや別の病気でも見られるため、気になる変化に気づいたら、まず動物病院に相談することがすすめられます。
犬の認知症とは?何歳ごろから増えるのか
犬の認知症は、正式には「認知機能不全症候群(CDS:Cognitive Dysfunction Syndrome)」と呼ばれ、加齢にともなって脳の細胞や血管が変性し、記憶・学習・見当識などの認知機能が少しずつ低下していく状態とされています。人の認知症と似た変化が、犬にもあらわれるものと考えられています。

発症の時期には個体差がありますが、一般的に10歳を超えたあたりから症状があらわれはじめ、13〜14歳ごろから増えていくとされています。ある報告では、8歳以上の犬の14%、11〜12歳で28%、15〜16歳では68%が、ひとつ以上の認知機能の低下を示していたとされ、年齢が上がるほど割合が高くなる傾向が知られています(出典:獣医師監修メディア「犬との暮らし大百科」ほか)。
「年のせいだから仕方ない」と見過ごされがちですが、認知症は加齢にともなう変化のひとつであり、早めに気づいて向き合うことで、犬も家族も過ごしやすくなることがあります。まずは、どんなサインがあらわれるのかを知っておくことが第一歩になります。
犬の認知症の主な症状・気づきのサイン
犬の認知症のサインは、獣医療の現場で「DISHAA(ディシャー)」と呼ばれる6つの視点で整理されることがあります。見当識(Disorientation)、交流の変化(Interaction)、睡眠の変化(Sleep)、排泄の失敗(House-soiling)、活動性の変化(Activity)、不安の増大(Anxiety)の頭文字をとったものです。まずは全体像を図で見てみましょう。

夜鳴き・昼夜逆転(睡眠のサイン)
認知症のサインとしてよく知られているのが、昼夜が逆転し、夜中に急に鳴きはじめる「夜鳴き」です。昼間はほとんど眠って過ごし、夜になると起き出して落ち着かなくなる、いつまでも鳴き続ける、といった様子が見られることがあります。この背景には、体内時計の乱れや、暗い時間の不安・混乱があると考えられています。飼い主さんにとっては睡眠が削られる大きな負担となり、介護のなかでもとくにつらい症状のひとつとされています。
徘徊・旋回(見当識・活動性のサイン)
目的なく歩き続ける「徘徊」や、自分を中心に同じ方向へぐるぐると回り続ける「旋回」も、代表的なサインとされています。家の中で迷う、部屋の隅や家具のすき間に入り込んで動けなくなる、後ずさりできずに立ち止まる、といった見当識の低下もあらわれます。反対に、これまで好きだった散歩や遊びに興味を示さなくなり、ぼんやりしている時間が増えることもあります。
反応の低下・トイレの失敗(交流・排泄のサイン)
名前を呼んでも反応が鈍い、飼い主や同居動物への関心が薄れる、なでられるのを避けるといった、人や動物との関わりの変化も見られます。覚えていたはずのトイレの場所を忘れて粗相が増える、失禁するといった排泄の失敗も、認知症のサインとされています。こうした変化は、しつけの問題や反抗ではなく、脳の働きの衰えによるものと考えると、少し気持ちが楽になるかもしれません。
認知症になりやすい犬種・注意したい要因
認知症はどの犬にも起こりうるものですが、なりやすい傾向のある犬種が知られています。日本では、柴犬をはじめとする日本犬・日本犬系の雑種で多くみられると報告されています。ある調査では、高齢性の認知機能不全と診断された犬のうち、約48%が日本犬系雑種、約34%が柴犬だったとされ、別の資料では認知症と診断された犬の8割以上が日本犬(柴犬など)だったという報告もあります(出典:動物エムイーリサーチセンター調べ、獣医師監修メディアほか)。

ただし、これはあくまで傾向であり、犬種だけで決まるものではありません。ここで大切にしたいのは、認知症に見える変化が、じつは治療できる病気のサインであることも少なくないという点です。夜鳴きの背景に関節の痛みや目・耳の衰えがあったり、徘徊や落ち着きのなさの裏に別の不調が隠れていたりすることもあるとされています。「年のせい」「認知症だから」と自己判断で決めつけず、気になる変化に気づいたら、まず動物病院で診てもらうことがすすめられます。
犬の認知症の進行と、受診・診断の流れ
認知症の症状は、ある日突然あらわれるというより、年月をかけて少しずつ進んでいくことが多いとされています。はじめは「少しぼんやりする時間が増えたかな」という程度でも、やがて夜鳴きや徘徊、トイレの失敗といった変化が重なり、介護の負担が増していくことがあります。進み方には大きな個体差があり、ゆっくり進む子もいれば、変化が目立つ子もいます。

認知症の診断は、獣医師が飼い主さんから「いつごろから、どんな様子が見られるようになったか」を詳しく聞き取り、DISHAAのような評価の考え方をもとに状態をていねいに確認したうえで行われるのが一般的です。あわせて、血液検査や画像検査などで、似た症状をあらわす他の病気がないかを確かめていきます。認知症とよく似た変化は、腎臓や甲状腺、脳、関節など、さまざまな不調でもあらわれることがあるためです。
受診の際は、気になる様子をスマートフォンで動画に撮っておくと、診察室では見られない自宅での様子が伝わりやすく、獣医師の判断の助けになります。「こんなことで受診してよいのだろうか」とためらう必要はありません。早めに相談することが、その後の介護やケアを支える大きな一歩になります。
認知症の愛犬とおだやかに暮らすためにできること
認知症は、今のところ完全に治すことは難しいとされていますが、日々の暮らしの工夫や動物病院でのケアによって、症状とうまく付き合いながら過ごしやすくすることは十分に期待できるとされています。ここでは、家庭で意識したい工夫を整理しました。無理なく取り入れられそうなものから、少しずつ試してみてください。

1朝の光を浴び、日中に活動する
昼夜逆転をやわらげるには、生活リズムを整えることが大切とされています。朝はカーテンを開けて日ざしを浴びさせ、無理のない範囲で日中に散歩や遊びを取り入れると、体内時計が整い、夜に眠りやすくなるといわれています。日中にほどよく体を使うことで、夜の睡眠が安定することも期待できます。
2ぶつかっても安全な居場所を整える
徘徊や旋回で家具にぶつかってしまうことがあるため、角にクッションやタオルを当て、コード類や危険なものを片づけておくと安心です。旋回する子には、円を描いて歩けるスペースをつくったり、サークルの内側にクッションをぐるりと敷いたりする工夫も知られています。段差を減らし、滑りにくい床にすることも、足腰への負担を軽くします。
3食事・栄養を見直す
DHAやEPAといったオメガ3脂肪酸を含むシニア向けの食事やサプリメントで、夜鳴きなどの症状に改善がみられたという報告もあります。ただし、体質や持病によって合う・合わないがあるため、取り入れる前には必ずかかりつけの動物病院に相談してください。自己判断でのサプリの多用は避けるのが安心です。
4ひとりで抱え込まず、専門家と支え合う
夜鳴きや強い不安には、動物病院で相談できる薬やケアの選択肢もあるとされています。認知症の介護は長く続くこともあり、飼い主さんが疲れきってしまわないことがとても大切です。家族で役割を分け合ったり、老犬介護に詳しい動物病院やサービスを頼ったりしながら、抱え込まずに支え合っていきましょう。
介護に疲れてしまったときに、知っておいてほしいこと
認知症の介護は、眠れない夜が続いたり、思うように意思が通じなかったりして、心も体もすり減っていくものです。「どうしてあげたらいいのか分からない」「イライラしてしまう自分がいやになる」——そんな気持ちを抱えてしまうのは、あなたがそれだけ真剣に、この子と向き合っている証です。決して、あなたが冷たいわけでも、頑張りが足りないわけでもありません。

大切なのは、飼い主さんが倒れてしまわないことです。すべてをひとりで完璧にこなそうとせず、頼れるものには頼ってよいということを、どうか覚えておいてください。夜鳴きがつらいときは動物病院に相談する、日中は家族や老犬介護サービスに預ける、同じ悩みを持つ人とつながる——そうした選択は、決して手抜きではなく、この子と長く穏やかに過ごすための大切な工夫です。認知症になっても、これまで積み重ねてきた愛情の絆が消えるわけではありません。ぼんやりして見えても、あなたのぬくもりや声は、その子にちゃんと届いています。
介護のなかで、ふと先のことを思って気持ちが沈んでしまう日もあるかもしれません。深い悲しみやつらさを抱え込みそうなときは、その気持ちをひとりで背負わず、同じようにペットと向き合ってきた人の言葉に触れてみるのも、心を少し軽くする助けになります。
よくある質問
※本記事は一般的な情報の提供を目的としたもので、診断や治療の代わりになるものではありません。認知症かどうかの判断や、症状への対応は、診察を受けた獣医師によって行われます。夜鳴き・徘徊など気になる症状がある場合は、動物病院にご相談ください。掲載内容は執筆時点(2026年7月)で確認できた各情報源の目安です。
まとめ
犬の認知症(認知機能不全症候群)は、夜鳴き・昼夜逆転、徘徊・旋回、呼びかけへの反応の低下、トイレの失敗といった変化としてあらわれる、加齢にともなう脳の働きの衰えとされています。一般に10歳を超えたころから増えはじめ、柴犬など日本犬で多くみられる傾向も知られています。ただし、同じような症状は治療できる病気でも見られるため、気になる変化に気づいたら、自己判断せずまず動物病院に相談することが大切です。
治すことは難しくても、朝の光を浴びる、安全な居場所を整える、食事を見直す、そして頼れるものに頼る——そうした日々の工夫で、犬も家族も過ごしやすくなることが期待できます。眠れない夜や、うまくいかない日があっても、どうかご自分を責めないでください。ぼんやりして見えても、あなたのぬくもりと声は、その子にちゃんと届いています。認知症とともに歩むこれからの日々が、あなたとこの子にとって、少しでも穏やかであたたかな時間でありますように。