ベッドの端が、ふっと沈んだ気がした。玄関のドアを開けた瞬間、いつものように出迎えてくれる気配がした。台所に立っていたら、あの子の鳴き声が聞こえた気がして、思わず振り返った——。猫を亡くしたあと、そんな瞬間に立ちすくんでしまう方は少なくありません。
うれしいような、苦しいような。誰かに話せば「気のせいだよ」と言われそうで、口に出せないまま抱えている方もいるかもしれません。この記事では、亡くなった猫が「そばにいる」と感じることについて、死別研究の知見や公的機関が公開している専門家の解説を、当メディア編集部が調べてまとめました。
霊的な現象かどうかを、この記事で決めつけることはしません。ただ、そう感じることが決して珍しくないこと、そしてその感覚を抱えたままでいても大丈夫だということを、静かにお伝えできればと思います。


一言でいうと、亡くなった猫の気配を感じることは、死別を経験した多くの人が語ってきた、決して特別ではない体験だと言われています。それを霊的なつながりと受け取るか、記憶と習慣が呼び起こすものと受け取るかは人それぞれで、どちらかに決める必要はありません。
亡くなった猫が「そばにいる」と感じるのは、あなただけではありません

まず知っていただきたいのは、死別のあとに故人や亡くなったペットの気配・姿・声を感じる体験が、決してまれなものではないということです。
古典的な研究として知られるのが、英国の医師W・デューイ・リースが1971年に『British Medical Journal』に発表した調査です。配偶者と死別した293人に面接した結果、約46.7%が亡くなった配偶者の気配や姿、声などを感じた経験があると答え、そのうち最も多かったのが「そばにいる気配を感じる」(39.2%)でした(Rees WD, "The hallucinations of widowhood", Br Med J. 1971;4:37-41)。声を聞いたという回答は13.3%、姿を見たという回答は14.0%と報告されています。
その後も研究は積み重ねられています。2020年に『Schizophrenia Bulletin』へ掲載された学際的なレビュー(Kamp KS ほか, "Sensory and Quasi-Sensory Experiences of the Deceased in Bereavement", 46(6): 1367-1381)は、こうした体験について「大多数は良性のもの(benign)であり、その人の生活史や関係性、文化的背景のなかで理解されるべきだ」と結論づけています。つまり、感じること自体が心の病を意味するわけではない、という整理です。
また、2021年に『BJPsych Open』へ掲載されたElsaesserらの国際調査(991人が回答)では、そうした体験をした人のうち73.4%が「慰めと心の癒やしをもたらした」と答え、68.4%が「悲嘆の過程にとって大切だった」と回答しています。※この調査は体験した人を対象に集められたものなので、割合そのものを一般の人全体に当てはめることはできませんが、多くの人が苦痛ではなく支えとして受け取っていることがうかがえます。
猫や犬を亡くした飼い主さんに絞った研究もあります。Packmanらが2011年に『Journal of Loss and Trauma』(16巻341-357頁)で報告した調査では、この1年以内に犬か猫を亡くした33人への聞き取りから、思い出を語ること、遺品を手元に置くこと、儀式を行うこと、そして「その子がまだそばにいる感覚」といった形で、亡きペットとのつながりが保たれていることが示されています。
あなたが感じているものには、たくさんの先例があります。誰にも言えずに抱えてきたのだとしたら、それは「おかしいこと」だからではなく、話しにくい話題だったというだけのことです。
猫を亡くした人が語る、そばにいると感じる瞬間

猫と暮らしていた方が「そばにいる」と感じる瞬間には、猫という生き物ならではの、こまやかな形があります。ここでは、よく語られる場面をいくつか挙げてみます。あなたの感じ方がここにない場合も、それが間違いということではありません。
足元やベッドの端が、ふっと沈んだ気がする
毎晩、足元や布団の脇で丸くなっていた子ほど、この感覚を語る方が多くなっています。眠りに落ちる直前、あの重みがそこにある気がして目を開ける。何もない。それでも、たしかにあったと感じる。長いあいだ体が覚えていた感触は、簡単には消えないのかもしれません。
ドアを開けるとき、出迎えの気配がする
帰宅して鍵を回すとき、玄関の向こうから足音が近づいてくる気がする。買い物袋を置きながら、無意識に「ただいま」と声に出してしまう。猫が待っていてくれる家のかたちは、何年もかけて体に染み込んだ日常です。その日常が、ふとした瞬間に立ち上がってくるのだと語る方が少なくありません。
鳴き声が聞こえた気がして、振り返る
ごはんの支度をしていると、あの短い鳴き声が背中のほうから聞こえた気がする。冷蔵庫の音や外の物音と重なって、はっと手が止まる。前述のリースの調査でも、声を聞いたという回答は一定の割合で報告されており、珍しい体験ではないと考えられています。
あの子が寝ていた場所を、避けて歩いてしまう
ソファの右端、日の当たる床の一角、階段の三段目。そこに何もないと分かっていても、体が勝手によけて通る。踏んでしまわないように、という気持ちがまだ働いている。これも「そばにいる」と感じる形のひとつだと言えるでしょう。
| 感じる場面 | よく語られること |
|---|---|
| 足元・ベッドの重み | 寝る前や明け方に感じることが多いと語られる |
| 玄関・ドアを開けたとき | 出迎えの足音や気配として感じる |
| 鳴き声が聞こえた気がする | 食事の支度など、日課の時間帯に多いとされる |
| 寝ていた場所を避けて歩く | 無意識の動作として、しばらく続くことがある |
どれも「気のせい」という一言で片付けられがちですが、そこにあるのは、あなたと猫が積み重ねてきた時間そのものです。急いで手放さなくて構いません。
「そばにいる」という感覚と、継続する絆という考え方

かつて悲嘆の研究では、「亡くなった存在との絆を断ち切り、前を向くことが健康な立ち直りだ」という考え方が主流だった時期がありました。しかし1990年代以降、この見方は大きく見直されています。
その転換点となったのが、クラス、シルヴァーマン、ニックマンによる1996年の書籍『Continuing Bonds: New Understandings of Grief』(邦訳的には「継続する絆」と紹介されることが多い考え方)です。ここでは、大切な存在が亡くなっても関係は終わるのではなく、かたちを変えて続いていくものであり、その絆を保ち続けることは自然で健やかなことだと整理されました。
この考え方は、ペットとの死別にも当てはめて研究されています。前述のPackmanら(2011)の調査でも、思い出を語る・遺品を手元に置く・小さな儀式を行う・そばにいる感覚をもつといったつながりの表現は、不適応ではなく、むしろ落ち着きや適応と結びついて語られていました。
日本の専門家の解説にも同じ視点があります。東京都動物愛護相談センターのコラム「ペットロスを考える」で、日本獣医生命科学大学の濱野佐代子氏は、回復に向かう状態のひとつとして、あたたかい思い出が多くを占めるようになり、ペットが傍にいる感覚などが悲しみを覆い包んでくれることを挙げています。同コラムには「ペットのことを忘れなくてもいいですし、ペットに関連する物をむりやり片付けなくてもいいのです」という言葉もあります。
つまり「そばにいる」と感じることは、悲しみから抜け出せていない証拠ではなく、絆が続いていることの表れとして理解できる、という見方があるのです。それを魂の存在として受け取る方もいれば、記憶と習慣が呼び起こすものとして受け取る方もいます。どちらが正しいのかを、この記事で決めることはしません。あなたが受け取ったままの形で、大切にしていただければと思います。
悲しみは、行きつ戻りつしながらやわらいでいくと言われています

「先週は少し落ち着いていたのに、今日はまた涙が止まらない」。そんなふうに感じて、自分は後戻りしてしまったと落ち込む方がいます。けれど、悲嘆の研究ではむしろ、その揺らぎこそが自然な過程だと説明されています。
ストローブとシュットが1999年に『Death Studies』誌(23巻197-224頁)で提唱した「二重過程モデル(Dual Process Model)」は、死別後の人は、喪失そのものに向き合う時間と、新しい生活を立て直していく時間のあいだを行ったり来たり(oscillation)しながら適応していくと説明しています。悲しみから一時的に離れて休むことも、適応の一部として位置づけられているのが特徴です。
先ほどの濱野氏のコラムにも、「ある時は悲しみ、ある時はペットとの続いていく絆に気づく、生活に適応していく、それらを行ったり来たり揺らぎながら回復に向かいます」という記述があります。波が戻ってきた日は、失敗した日ではありません。
気配を感じる頻度も、この波と同じように増えたり減ったりすることがあります。命日が近づいたとき、季節が一巡したとき、写真が出てきたとき。そのたびに強く感じるとしても、それはあなたの心が壊れているからではありません。
気配を感じたときに、してもいいこと・しなくていいこと

ここでは、気配を感じたときに試してみてもよいことを、静かにいくつか挙げます。すべてやる必要はありません。ひとつも当てはまらなくても構いません。
1打ち消さずに、そのまま受け取ってみる
「気のせいだ」と自分に言い聞かせるのをやめて、感じたままにしておく方法です。「おかえり」「そこにいたの」と声に出す方もいます。前述の研究でも、こうした体験の多くは苦痛ではなく慰めとして受け取られていると報告されています。
2感じたことを、短く書き留めておく
日付と、どこで何を感じたかを一行だけ書いておく。誰にも見せないノートで構いません。言葉にすることで、抱えきれなかった気持ちが少し外に出ることがあります。書けない日は書かなくて大丈夫です。
3眠る・食べる・休むを、いちばん先に置く
悲しみの渦中では、心よりも先に体が消耗します。濱野氏のコラムでも、ペットロスに伴う反応として、眠れない・食欲がなくなる・頭痛といった身体面の変化が挙げられています。何もできない日は、横になっているだけで十分です。
4同じ経験をした人の言葉に、そっと触れてみる
ペットとの死別は「動物が死んだくらいで」という心ない言葉にさらされやすく、周囲に理解されにくい悲しみだと指摘されています。同じ経験をした人の手記や、動物病院・ペット霊園が案内している集まりに触れると、孤立感がやわらぐことがあります。つらければ、そっと閉じて構いません。
反対に、しなくていいこともあります。無理に持ち物を片付けること、「いつまでに立ち直る」と期限を決めること、次の子を迎えるかどうかを今すぐ決めること。いずれも急ぐ必要はないと、専門家の解説でも繰り返し述べられています。
もうひとつ、お伝えしておきたいことがあります。霊視や霊感鑑定、動物との対話を掲げるサービスなどについて、当メディアはその内容を検証できる立場にないため、おすすめすることも否定することもしません。ただし、不安をあおられたり、高額な契約や継続的な支払いを急かされたりする場面に出会ったときは、いったん立ち止まって、信頼できる人に相談してください。今のあなたは、判断の負担が重くなりやすい時期にいます。
お別れの儀式や供養が、気持ちの区切りを助けることもあります。濱野氏のコラムでも、家族の希望に合ったお別れをすることは、気持ちの整理や、悲しみを分かち合うという点で支えになると考えられると述べられています。
「まだ立ち直れない自分」を責めているあなたへ

何か月も経つのに涙が止まらない。仕事が手につかない。周りはもう話題にもしないのに、自分だけが止まっている気がする。そんなふうに、ご自身を責めてはいないでしょうか。
濱野氏のコラムには、こうした状況について踏み込んだ記述があります。ペットロスは「公に認められにくい悲しみの一つ」であり、喪失の対象が動物であるという理由で軽視されやすく、周囲のサポートを得にくいという課題があること。そして「こんなに悲しいなんて私はおかしいんじゃないか」と、当事者自身が自分の悲しみを認めづらくなってしまう場合があること。
つまり、あなたが感じている「立ち直れない自分はおかしい」という感覚は、あなたの弱さから来ているのではなく、ペットとの死別が置かれている社会的な立場から来ている部分が大きいと考えられているのです。
自分を責める気持ちについても、同じコラムに「自分を責める気持ちは愛情と責任感の裏返しともいえるのです」という言葉があります。もっと早く気づいてあげられたら、あの治療を選ばなければ——そう考えてしまうのは、あなたがその子の命を最後まで引き受けようとしていたからです。
悲しみに期限はありません。何か月かかっても、何年かかっても、それはあなたの歩幅です。気配を感じ続けているとしても、それは前に進めていないという意味ではありません。
つらさが続くときに、頼っていい場所

ここまで「感じることは自然です」とお伝えしてきましたが、それは「ひとりで抱えてください」という意味ではありません。次のような状態が続いているときは、専門家の力を借りるという選択肢を、どうか覚えておいてください。
- 眠れない、食べられない日が続いている
- 仕事や家事など、日常生活に支障が出ている状態が長く続いている
- 自分を責める気持ちが強く、頭から離れない
- 誰とも会いたくない状態が続き、孤立していると感じる
- 気配を感じることが、慰めではなく強い恐怖や混乱になっている
相談先としては、心療内科・精神科などの医療機関のほか、公認心理師・臨床心理士によるカウンセリングがあります。ペットロスのグリーフカウンセリングを行っている専門家もいます。かかりつけの動物病院が、地域の相談先を案内してくれることもあります。
どこに相談してよいか分からないときは、厚生労働省が運営する「まもろうよ こころ」に、電話やSNSで相談できる窓口の一覧がまとめられています。ペットロスに限らず、つらさを言葉にしたいときの入口として利用できます。
相談することは、あの子との絆を手放すことではありません。あなたが眠れるようになること、食べられるようになることは、その子と過ごした日々を大切にすることと、少しも矛盾しないと思います。
よくある質問
※本記事は一般的な情報の提供を目的としたもので、診断や治療の代わりになるものではありません。記載内容は執筆時点(2026年8月)に公開されていた研究・公的機関の情報にもとづいています。眠れない・食べられないなど心身の不調が続く場合は、医療機関や公的な相談窓口にご相談ください。
まとめ
亡くなった猫が「そばにいる」と感じること。足元の重み、ドアを開けるときの気配、聞こえた気がした鳴き声、避けて歩いてしまう寝床。そのどれもが、死別を経験した多くの人が語ってきた、決して特別ではない体験だと言われています。
それを霊的なつながりと受け取るのか、記憶と習慣が呼び起こすものと受け取るのか。この記事では、どちらとも決めませんでした。決めなくても、あなたはその感覚を大切に抱えていて構わないと思うからです。「継続する絆」という考え方が教えてくれるのは、関係は終わるのではなく、かたちを変えて続いていくということでした。
悲しみは行きつ戻りつしながら、少しずつ形を変えていきます。今日また波が来たとしても、それは後戻りではありません。眠れない日、食べられない日が続くときは、どうか専門家の手を借りてください。
あなたが感じているその気配が、これから先もあなたを責めるものではなく、そっと寄り添うものでありますように。