愛犬が旅立ってから、時間だけが過ぎていく。ごはんの支度をしようとして足元を見てしまう。散歩の時間になると、体のほうが先に玄関を向いてしまう。そんな日々のなかで「早く乗り越えなければ」と、ご自分を追い立ててはいないでしょうか。
この記事では「愛犬の死の乗り越え方」を、忘れることでも、元どおりに戻ることでもないという前提から整理しました。悲しみが消えるのを待つのではなく、あの子がいた事実と一緒に、これからどうしていくか。その手がかりを、ペットロスを研究してきた専門家の解説や公的な情報にあたりながら、静かにご紹介します。
つらいときは、読むのを途中でやめて構いません。全部を実行する必要もありません。ひとつでも、今日の呼吸が少し楽になるものが見つかれば、それで十分です。


一言でいうと、愛犬の死の乗り越え方とは「悲しみを消す方法」ではなく、あの子との絆を持ったまま、生活を少しずつ取り戻していく道のりです。忘れなくていい、片づけなくていい、急がなくていい——この3つを前提に、言葉にする・形にする・リズムを保つ・つながる、という4つの方向から具体的に見ていきます。
「乗り越える」は、あの子を忘れることではありません
「乗り越え方」を探している方の多くが、どこかで「悲しまなくなること=回復」だと思い込んでしまっています。けれども、専門家が語る回復の姿は、それとは少し違います。
東京都動物愛護相談センターのコラム「ペットロスを考える」で、日本獣医生命科学大学の濱野佐代子教授(獣医師・公認心理師・臨床心理士)は、ペットロスを乗りこえる・回復するとはどういう状態かについて、「ペットのことを思い出すと悲しみや苦痛に圧倒されて生活に支障がある状態から脱すること」であり、「自分なりに折り合いをつけられている、ペットとの続く絆を意識できる、再び関係を結び直していける」ことだと説明しています(出典:東京都動物愛護相談センター「ペットロスを考える」)。
つまり、目指す場所は「あの子のいない自分に戻ること」ではありません。思い出したときに押しつぶされずにいられて、温かい記憶のほうが多くを占めるようになっていくこと。同じコラムでは、ペットのことを忘れなくてもよく、ペットに関連する物を無理に片づけなくてもよいとも述べられています。

悲しみは、決まった段階を順番に進むわけではありません
「悲嘆には5つの段階がある」という話を、どこかで目にしたことがあるかもしれません。よく知られたモデルではありますが、誰もが同じ順番で同じ段階をたどるという裏づけがあるわけではありません。段階の定義そのものが明確でなく、今どの段階にいるのかを客観的に確かめられないという指摘もあります。
前掲の濱野教授のコラムでも、回復の過程は直線ではなく、「ある時は悲しみ、ある時はペットとの続いていく絆に気づく、生活に適応していく、それらを行ったり来たり揺らぎながら回復に向かいます」と説明されています。
ですから、昨日は落ち着いていたのに今日はまた泣いてしまう、というのは後戻りではありません。数か月経ってから急に苦しくなる日があっても、それは「乗り越えられていない」ことの証明にはなりません。
自分を責める気持ちは、愛情の裏返しでもあります
「もっと早く病院へ連れて行っていれば」「あの日、留守番させなければ」。愛犬を亡くした方の多くが、この後悔から離れられなくなります。
濱野教授は、多くの人がペットを子どものような存在として捉えているため、守ってやれなかった・気づいてあげられなかったと強く自分を責め、罪悪感に苛まれるのだと解説したうえで、「自分を責める気持ちは愛情と責任感の裏返しともいえる」と述べています。
後悔が湧いてくること自体を、無理に止める必要はありません。ただ、その気持ちが「自分には幸せになる資格がない」という結論にまで届いてしまうときは、あとの章でご紹介する相談先を思い出してください。
愛犬を亡くしたあとに来る、犬ならではのつらさ
ペットロスは動物種を問わずつらいものですが、犬と暮らしていた方には、犬との生活だからこその手ざわりの喪失があります。

もっとも大きいのが、散歩という「毎日の予定」が消えることです。朝と夕方、決まった時間に外へ出る。同じ道で同じ人とすれ違う。その繰り返しが、暮らしの骨組みになっていた方は少なくありません。相手がいなくなると、悲しみだけでなく、一日の形そのものが崩れてしまいます。
玄関のリードや、洗って伏せたままの食器、車に乗せるためのマット。散歩仲間に「今日はどうしたの」と聞かれる瞬間。そうした場面が、まだ気持ちが整わないうちに何度も訪れます。
また、犬とのやりとりの多くは、抱く・撫でる・寄りかかられるといった触れ合いです。濱野教授は、コミュニケーションの多くがスキンシップであるため、「触れられない」ということが心理的な悲しみに加えて身体で感じる喪失感をもたらすと考えられる、と述べています。理屈ではなく体が寂しがっている感覚は、気のせいではありません。
まわりに理解されにくいという、二重のつらさ
もうひとつ、多くの方を苦しめるのが周囲の反応です。前掲のコラムでは、「動物が死んだくらいで」「また同じ犬種を飼えばいい」といった言葉が当事者を苦しめること、ペットロスは公に認められにくい悲しみのひとつであり、周囲のサポートを得るのが難しいという課題があることが指摘されています。
家族の中でさえ、悲しみの度合いに差が出ることがあります。理解が得られずに孤立してしまう場合もある、とも書かれています。もし今、誰にも話せずにいるとしたら、それはあなたの感じ方が弱いからではなく、この悲しみが置かれている社会的な状況のせいでもあります。
愛犬の死を乗り越えるために、今日からできること
ここからは、実際にどうしていくかです。これをすれば癒えるという方法は、残念ながらありません。以下は「多くの方の支えになったと考えられている手がかり」であって、効果が保証されたものではありません。合わないと感じたら、やめて構いません。

1気持ちを言葉にする(話せる相手を1人だけ見つける)
悲しみを押し込めるほど、孤立は深くなります。大切なのは「否定せずに聞いてくれる相手」を選ぶことです。全員に分かってもらう必要はなく、一人いれば十分です。かかりつけだった動物病院のスタッフ、同じように犬を見送った友人、ペットロスのカウンセリングを行っている専門家など、あの子を知っている人・同じ喪失を知っている人ほど話しやすい傾向があります。
2日記や手紙にして、外に出す
話す相手が見つからないとき、あるいは声にすると涙で言葉にならないときは、書くという方法があります。あの子への手紙という形にすると、伝えられなかった「ありがとう」や「ごめんね」を、ようやく置く場所ができます。日付だけの短い日記でも構いません。人に見せる必要はなく、うまく書こうとしなくて大丈夫です。書けない日は書かない、それも含めて記録になります。
3供養の形を持ち、手を動かす区切りをつくる
お別れの式や火葬、遺骨の安置、写真を飾る場所づくり、月命日のお参り。濱野教授は、家族の希望に合ったお別れをすることは回復に向かううえで有効だと考えられるとし、その理由として気持ちに区切りや整理がつきやすくなること、信頼できる人々と悲しみを分かち合えること、ペットのためにやってあげられることがあることを挙げています。何かをしてあげられる、という感覚そのものが支えになります。
4生活のリズムを、犬がいた時間ごと組み直す
散歩に出ていた時間が、そのまま空白になっていませんか。同じ時間に一人で歩いてみる、あるいは別の用事を置いてみる。どちらが正解でもありません。ただ、朝起きる時刻と食事の時刻だけは、できる範囲で保ってみてください。眠れない・食べられない状態が続くときは、それ自体が体からの合図です。
5同じ経験をした人とつながる
ペットロスの分かち合いの集まりや、オンラインの交流の場があります。「動物が死んだくらいで」と言われない場所で話せることは、それだけで孤立をやわらげます。参加は名前を出さない形でも構いませんし、読むだけの参加でも構いません。ただし、極端な言説や高額な商品・サービスへ誘導する場からは、静かに距離を取ってください。
6時間がかかることを、自分に許す
前掲のコラムでは、悲しみや苦痛から抜け出すためには多くのエネルギーを費やし、十分な時間が必要になると説明されています。半年で楽になる方もいれば、一周忌を過ぎてようやく息がつける方もいます。「いつまでに立ち直る」という期限を、自分に課さないでください。回復は、達成すべき課題ではありません。
お別れや火葬の段取りがまだこれからという方は、慌てずに全体像を確かめてからで大丈夫です。
次の子を迎えるかどうか、急いで決めなくていい
「新しい子を迎えたら、あの子を裏切ることになる気がする」。逆に「迎えたい気持ちが出てきた自分は薄情なのではないか」。どちらの声も、よく聞かれます。

この点について濱野教授は、「次のペットを迎えるか、いつ迎えるのかは、個々人のペースでいい」と明確に述べています。迎えることも、迎えないことも、どちらも間違いではありません。
一方で、家族のあいだで意見が食い違う場合があることも指摘されています。ある家族は次の子を迎えたいと希望し、別の家族はもう二度と飼いたくないと思っている——本来なら支え合うはずの相手と、ここで衝突してしまうことがあります。
もし今、家族と話がかみ合わないなら、結論を出す話し合いを先送りにするのもひとつの方法です。悲しみの深さも、回復の速さも、同じ家の中でそろうとは限りません。
- 迎えたい気持ちが出てきた → それは前の子への愛情が減った証拠ではありません
- もう二度と飼えないと思う → そう感じたままでいて構いません。決めなくても暮らしは続きます
- 家族で意見が割れている → 「今は決めない」を全員の合意にしてしまう方法もあります
- すすめられて困っている → 「まだ考えられない」とだけ伝えて大丈夫です
つらさが長引くとき、専門的な支援を考える目安と相談先
悲しみは自然な反応です。ただし、それが長期に続いて生活に支障が出ている場合には、支援が届いたほうがよい状態もあります。

WHOが2019年に公表した国際疾病分類ICD-11では、死別後の悲嘆が長期に持続して機能障害をきたす状態が「遷延性悲嘆症(prolonged grief disorder)」として精神障害に位置づけられ、症状の持続期間は死別から6か月とされています(出典:中島聡美「遷延性悲嘆症の概念および治療の近年の動向」武蔵野大学認知行動療法研究誌)。同論文では、遷延性悲嘆症に対して現状では薬物療法のエビデンスは乏しく、悲嘆に焦点化した精神療法の有効性が報告されていることもまとめられています。
これは人との死別を想定した診断枠組みであり、ペットとの死別にそのまま当てはめて自己診断するためのものではありません。あくまで「これだけ長く強い悲嘆が続く状態は、専門家が扱う対象になりうる」という目安として受け取ってください。
次のような状態が続くときは、ひとりで抱えずに相談してみてください。
専門家に相談することを考えたいサイン
- 眠れない・食べられない状態が何週間も続いている
- 仕事や家事、身のまわりのことが手につかない日が続く
- 誰とも会いたくなくなり、外に出られなくなっている
- 強い自責感が消えず、自分を罰するような考えが浮かぶ
- 生きていたくないという気持ちが頭をよぎる
最後の項目に心当たりがある場合は、様子を見ずに今すぐ電話をしてください。厚生労働省の「まもろうよ こころ」では、以下のような電話相談窓口が案内されています(出典:厚生労働省「電話相談窓口一覧」)。
| 窓口 | 電話番号 | 受付時間 |
|---|---|---|
| こころの健康相談統一ダイヤル | 0570-064-556 | 曜日・時間は都道府県により異なります |
| よりそいホットライン | 0120-279-338(通話無料) | 24時間 |
| #いのちSOS | 0120-061-338(通話無料) | 24時間365日 |
| いのちの電話 | 0120-783-556(通話無料) | 毎日16時から21時ほか |
このほか、お住まいの地域の精神保健福祉センターや保健所でも、こころの健康に関する相談を受け付けています。ペットロスに詳しい公認心理師・臨床心理士によるカウンセリングを行っている機関もあります。かかりつけだった動物病院に、地域の相談先を尋ねてみるのもひとつの方法です。
ペットロスそのものの症状や続く期間については、こちらもあわせてご覧ください。
よくある質問
※本記事は一般的な情報の提供を目的としたもので、診断や治療の代わりになるものではありません。心身の不調が続く場合は、医療機関や公的な相談窓口にご相談ください。
まとめ
愛犬の死の乗り越え方に、決まった正解はありません。忘れることでも、元どおりになることでもなく、あの子との絆を持ったまま、暮らしが少しずつ戻っていくこと。専門家が語る回復の姿は、そういうものでした。
言葉にする、形にする、リズムを保つ、つながる。どれも今日すぐに効くものではありませんが、できそうなものをひとつだけ選んでみてください。うまくいかない日があっても、それは後戻りではありません。
いつかあの子を思い出したとき、胸を占めるのが痛みではなく、一緒に歩いた夕暮れの温かさでありますように。