年をとった猫が、同じ場所をゆっくりと何度も歩き回る。壁ぎわに沿って進んで、家具のすき間で止まってしまう。夜中に、これまで聞いたことのない声で鳴きながら廊下を行ったり来たりする——そんな様子を見て、検索の窓に「猫 徘徊」と打ち込まれたのかもしれません。
目の前で歩き続けるあの子に、どう声をかければいいのか。止めたほうがいいのか、そっとしておくべきなのか。判断がつかないまま、眠れない夜が続いている方もいらっしゃると思います。
この記事では、高齢の猫の徘徊という行動について、獣医学のガイドラインや調査で示されていることを整理しました。背景として何が考えられるのか、家の中をどう整えると本人が安全に歩けるのか、そして介護するご家族の睡眠をどう守るのか。原因を決めつけるのではなく、今日から手をつけられることを中心に、静かにまとめています。


一言でいうと、高齢の猫の徘徊は認知機能の変化だけが原因とは限らず、甲状腺の病気や高血圧、痛み、視覚・聴覚の衰えなどが背景にあることもあるとされています。だからこそ「年のせい」と決めてしまわず、家の環境を整えながら、一度動物病院で体の状態を確かめていただくことがすすめられています。
猫の徘徊とは?高齢の猫に見られる「歩き回る」行動
徘徊とは、目的がはっきりしないまま同じ場所をうろうろと歩き続けたり、部屋の隅や家具のすき間に入り込んで出られなくなったりする行動を指して使われる言葉です。アニコム損保の解説でも、猫の認知機能の低下に伴う変化のひとつとして、あてもなく歩き回る、自分のいる場所が分からずに立ちすくむ、といった様子が挙げられています。
米国猫獣医師会(AAFP)の2021年シニアケアガイドラインでは、猫は10歳以上でシニア期として扱われ、11歳以上の猫の25%以上に、明らかな身体的原因が見つからない行動の変化(過剰な発声、生活リズムの変化、粗相など)が見られると報告されています。徘徊は、その変化の中でも飼い主さんの目に留まりやすいもののひとつです。

徘徊と一緒に現れやすい変化
猫の認知機能の変化は、獣医行動学の分野で「DISHAA」という頭文字で整理されることがあります。見当識(Disorientation=迷う・立ちすくむ)、交流(Interaction=人や同居動物との関わり方の変化)、睡眠(Sleep-wake=昼夜の逆転)、粗相(House-soiling)、活動性(Activity=徘徊や無目的な動き)、不安(Anxiety)の6つです。歩き回る行動は、多くの場合これらのいくつかと重なって現れます。
2022年に『Journal of Feline Medicine and Surgery』で報告された調査(MacQuiddyら)では、認知機能の低下が疑われた猫で最も多かった徴候は状況にそぐわない鳴き声(40.0%)で、次いで夜間の落ち着きのなさ(31.3%)、見当識障害(18.7%)と続いています。「夜中に鳴きながら歩く」という組み合わせが多くのご家庭で見られるのは、こうした背景があるためと考えられます。
「困った行動」ではなく、本人からのサインとして見る
歩き回る猫を無理に抱き上げて止めると、かえって混乱したり、不安が強くなったりすることがあるとされています。まずは危険な場所に近づいていないかを確かめ、静かに名前を呼び、いつもの寝床までそっと導く。行動そのものを消そうとするより、安全に歩ける範囲を用意してあげるほうが、本人にもご家族にも負担が少ない対応と言われています。
猫が徘徊する背景に考えられること
徘徊=認知症、と結びつけたくなりますが、獣医学のガイドラインでは、認知機能不全症候群(CDS)はほかの病気を除外したうえで診断されるものと位置づけられています。前述のMacQuiddyらの報告でも、身体検査・整形外科的検査・神経学的検査と基本的な血液検査などを行い、他の原因を除いたうえで判断する必要があるとされています。

体の病気が背景にあることもあります
AAFPのシニアケアガイドラインでは、甲状腺機能亢進症は10歳以上の猫の約10%に見られるとされ、代謝が高まることで落ち着きのなさや大きな声での発声につながることが知られています。また高血圧は10歳以上で見つかることが多く、ISFM(国際猫医学会)の2017年高血圧ガイドラインによれば、慢性腎臓病の猫の19〜65%が高血圧を示したという報告があります。高血圧は脳を含む臓器に影響しうるため、認知機能の低下に似た行動として現れることがあると説明されています。
痛みも見落とされやすい背景です。同ガイドラインが引用する報告では、12歳以上の猫の最大74%に変形性関節症の所見があるとされています。じっと横になっているのがつらくて起き上がり、また落ち着かずに歩く——そうした形で現れることもあると考えられています。
目や耳の衰え、不安によるもの
視覚や聴覚が衰えると、暗い場所で自分の位置が分かりにくくなり、壁づたいに歩いたり、家族の姿を探して鳴きながら移動したりすることがあるとされています。耳が遠くなった猫の声が大きくなるのも、自分の声が聞こえにくくなるためと説明されることがあります。いずれも「認知症だから仕方ない」と片づけてしまうと、対応できたはずの不調を見逃してしまう可能性があります。
夜中に鳴きながら歩くとき、まず確かめたいこと
夜鳴きと徘徊が重なる時間帯は、ご家族にとって最も消耗する時間です。ただ、この行動には手がかりが多く含まれています。止めることを急ぐ前に、いつ・どこで・どんな様子だったかを数日分メモに残すことが、動物病院での相談材料として役立つとされています。

| 見られる様子 | 一般に考えられること | 家で確かめたいこと |
|---|---|---|
| 暗くなると鳴きながら歩く | 暗所で位置が分かりにくい/不安 | 常夜灯をつけると落ち着くか |
| 食器・トイレの前で鳴く | 場所や順序が分からなくなっている | 導くと食べる・排泄できるか |
| 水を飲む量・食べる量が増えた | 甲状腺や腎臓の不調でも見られる | 1日の飲水量・体重の変化 |
| 触ると嫌がる・段差を避ける | 関節などの痛み | ジャンプや毛づくろいの減り方 |
| 同じ方向にだけ回る・立ちすくむ | 神経や脳に関わる変化 | ふらつき・顔の向きの偏り |
いずれも家庭で診断ができるものではありませんが、「夜だけなのか」「一日中なのか」「いつから変わったのか」が分かるだけで、獣医師が絞り込める範囲は大きく変わるとされています。スマートフォンで30秒ほど動画を撮っておくのも有効です。
徘徊が始まったら整えたい家の環境
AAFPのシニアケアガイドラインでは、加齢に伴う変化に合わせて家の中を整えること(暗い場所の常夜灯、お気に入りの場所へのスロープや踏み台、入り口の低いトイレ、複数箇所への水飲み場の設置など)が具体的に推奨されています。ここでは、歩き回る猫に合わせた整え方を順に見ていきます。

1ぐるりと回れる安全な動線をつくる
歩くこと自体を止めるのは難しいため、行き止まりのない周回コースを用意する考え方が知られています。壁ぎわの物を片づけ、家具のすき間はクッションや段ボールでふさぎ、はまり込んで出られない場所をなくします。歩く範囲をひと部屋に区切ってしまうより、安全な範囲を確保するほうが本人の不安が少ないとされています。
2段差とすべりやすさを減らす
フローリングにマットやカーペットを敷くと、足腰の弱った猫でも踏ん張りがきくようになります。お気に入りのソファやベッドには低い踏み台やスロープを置き、落下の危険がある高い場所には上がれないようにしておくと安心です。爪が引っかかりやすくなっている場合は、こまめな爪切りも転倒予防につながります。
3トイレを「歩かなくても届く距離」に置く
寝床のすぐ近くにもう一台トイレを増やし、入り口の低いもの(またはふちを一部低く切ったもの)に替えると、間に合わずに粗相してしまう回数が減ることがあります。夜に長い距離を歩かせないことは、そのまま徘徊の負担を減らすことにもつながります。粗相を叱らないことも、不安を強めないために大切とされています。
4夜間はほのかな明かりを残す
真っ暗な室内では、視力の落ちた猫が自分の位置を見失いやすくなります。廊下やトイレまでの経路に足元灯やフットライトを置き、まぶしすぎない明るさにしておきます。逆に日中はカーテンを開けて日の光を入れ、昼と夜の区別をつけやすくすることも、生活リズムを整えるうえで勧められています。
5外に出てしまわない工夫をしておく
見当識が下がった猫が玄関やベランダから出てしまうと、自力では戻れないおそれがあります。玄関前に柵を置く、網戸にストッパーをつける、窓の開けはなしを避けるといった対策のほか、迷子札やマイクロチップの登録情報が最新かどうかも、この時期に確認しておきたいことのひとつです。
動物病院に相談する目安と、伝えるとよいこと
行動の変化が出てきたときは、認知機能の問題と決める前に、体の状態を確かめておくことがすすめられています。AAFPのガイドラインでも、10歳を超えた猫では診察のたびに血圧を測ること、甲状腺ホルモン(T4)の値を定期的に見ていくことが有用とされています。

受診の際は、いつから・どの時間帯に・どれくらいの長さで起きているかをメモにして持参すると、限られた診察時間でも伝わりやすくなります。合わせて、飲水量や食事量の変化、トイレの回数、動画があればその場で見てもらうとよいでしょう。徘徊や夜鳴きへの対応は、原因によって整え方が変わってきます。自己判断で市販のサプリメントや人用の薬を使うことは避け、かかりつけの獣医師に相談してください。
介護するご家族の睡眠と心を守るために
夜中の徘徊と鳴き声が続くと、眠れない日が積み重なっていきます。これはご家族の気力の問題ではありません。米ケント州立大学のSpitznagelらが2017年に『Veterinary Record』で報告した調査では、慢性的な病気や終末期の犬猫を介護している飼い主は、健康な動物と暮らす飼い主に比べて、介護負担感・ストレス・不安や抑うつの症状が高く、生活の質が低下していたことが示されています。介護する側が消耗するのは、ごく自然なことだと知られています。

眠れない夜を少しでも軽くするために
- 同居のご家族がいる場合は、夜の見守りを日ごとに交代する
- 安全対策を済ませたうえで、寝室を分けて眠る日をつくる(見守りカメラを併用すると安心です)
- 日中に短い昼寝の時間を確保し、睡眠を分けて取る
- 耳栓やホワイトノイズを使い、鳴き声が響きにくい寝場所に変える
- ペットシッターや預かりサービス、動物病院の日中預かりを検討する
- 不眠や気分の落ち込みが続くときは、ご自身のことも医療機関に相談する
「かわいそうだから、そばを離れてはいけない」と思い詰めてしまう方は少なくありません。けれど、介護は先の見えない時間が続きます。ご家族が倒れてしまえば、あの子を見守る人がいなくなってしまいます。手を抜くことではなく、続けるための工夫として、休む時間を確保していただければと思います。
よくある質問
※本記事は一般的な情報の提供を目的としたもので、診断や治療の代わりになるものではありません。気になる症状は動物病院にご相談ください。
まとめ
高齢の猫の徘徊は、認知機能の変化として知られている一方で、甲状腺機能亢進症や高血圧、関節の痛み、視覚・聴覚の衰えなど、体の不調が背景にあることもあるとされています。「年のせい」と決めてしまわず、いつ・どんな様子だったかを記録して、一度動物病院で確かめていただくことが第一歩になります。
そのうえで家の中を整えること——行き止まりのない動線、すべらない床、近くのトイレ、夜のほのかな明かり、外に出ない工夫——は、今日から手をつけられて、あの子の安全に直接つながります。そして、見守るご家族が眠る時間を確保することも、同じくらい大切な介護のひとつです。
あてもなく見える歩みも、あの子にとっては何かを探している時間なのかもしれません。長い夜が少しでも穏やかになり、あの子とご家族が安心して眠れる時間が増えますように。