眠っている時間が長くなって、呼びかけへの反応も少なくなってきた。あるいは、もうお別れをすませたあとで、あのとき何を思っていたのだろうと、繰り返し考えてしまう。——犬の最後の気持ちを知りたいと検索される方の多くは、そのどちらかの場所に立っていらっしゃいます。
この問いに、はっきりとした答えを差し上げることはできません。犬の内面そのものを確かめる方法は、いまの科学にはないからです。「本当はこう思っていたはずです」と言い切る文章は、やさしく見えて、根拠のない想像でしかありません。
そのかわりに、この記事では、動物行動学や獣医療の研究で「ここまでは言われている」とされていることだけを、出典を添えて静かに整理しました。そして、最期の時間にご家族ができること、あとから自分を責めてしまうときの考え方を、実務としてお伝えします。診断や余命の判断はできませんので、体の状態について気になることは必ずかかりつけの動物病院にご相談ください。


一言でいうと、犬の最後の気持ちを言い当てることはできません。ただし「そばにいる人の存在が支えになるとされること」「やさしい声の調子は届いていると考えられること」までは、研究で報告されています。
犬の最後の気持ちは、本当のところは分かりません
最初に、いちばん大事なところをお伝えします。犬が最期に何を感じていたのかを確かめる方法は、現在のところありません。人と違って言葉で聞き取ることができず、脳の活動を測っても「そこにどんな気持ちがあったか」までは読み取れないためです。
インターネット上には「愛犬は最期にこう伝えたかった」「ありがとうと思っていた」といった文章が多く見られます。読んで慰められる方もいらっしゃると思いますし、それ自体を否定するつもりはありません。ただ、当メディアは供養の情報を扱う立場として、確かめられていないことを事実のように書かないことを方針にしています。
同じ理由で、この記事では「後悔していた」「置いていかれたと感じていた」「恨んでいた」といった、読み手を苦しめる解釈も載せません。それらもまた、根拠のない想像だからです。もしそうした言葉をどこかで目にして胸が痛くなったのであれば、それは事実ではなく、誰かの創作だとお考えください。

分からないことを分からないままにしておくのは、心細いことだと思います。それでも、想像で埋めずに「ここまでは言われている」という線を引いておいたほうが、あとで自分を責める材料が減るように思います。次の章から、その線の内側だけをお伝えします。
研究で「ここまでは言われている」3つのこと
犬の気持ちそのものは分かりませんが、犬が何にどう反応するかについては、動物行動学や神経科学の研究が積み重ねられています。看取りの場面と関わりの深いものを3つだけ挙げます。いずれも「そうした傾向が報告されている」という段階の話で、目の前のその子に必ず当てはまると断定できるものではありません。

信頼する人がそばにいると、落ち着きやすいとされる
犬には、飼い主が「安全の拠り所」として働く傾向があると報告されています。見知らぬ人や不安な状況に置かれたとき、犬は飼い主のほうを見て確認し、そばに寄ろうとする行動をとりやすく、飼い主が同席していた犬のほうがストレスの指標(コルチゾール)が低かったという報告があります(Buttner ら, Journal of the Experimental Analysis of Behavior, 2023年ほか)。これは社会的緩衝(social buffering)と呼ばれる現象です。
これらの研究は健康な犬を対象にしたもので、終末期の犬を調べたものではありません。それでも、「そばにいることには意味がないのではないか」という不安に対しては、ひとつの手がかりになると思います。
声の内容よりも、話し方の調子が届いていると考えられる
ハンガリーの研究チームは、犬にMRIの中で飼い主役の声を聞かせる実験を行い、犬が「言葉の意味」と「話し方の抑揚」を脳の別々の場所で処理していること、そしてほめ言葉をやさしい調子で言われたときにだけ、報酬に関わる脳の部位が反応したことを報告しています(Andics ら, Science, 2016年)。
言葉の内容を人と同じように理解しているわけではありません。ただ、どんな調子で話しかけられているかは受け取っている可能性が高い、ということです。看取りの場でうまい言葉が見つからなくても、いつもの静かな声で名前を呼ぶことには意味がある、と考えてよいのだと思います。
「聴覚は最後まで残る」は、人の研究で示された話
「聴覚は最期まで残るから、最後まで話しかけてあげて」という言葉をよく耳にします。この元になっているのは、カナダのブリティッシュコロンビア大学がホスピスの患者さんを対象に行った脳波研究で、反応がなくなった段階でも脳が音に反応していたことが確認されました(Blundon ら, Scientific Reports, 2020年)。
ただし、これは人を対象にした研究であり、犬で同じ検証が行われたわけではありません。研究者自身も「音に反応していたことは分かるが、それを本人が認識していたか、声を聞き分けていたかまでは分からない」と述べています。ですので、「あの子には最後まで聞こえていました」と言い切ることはできません。「そうかもしれない」という範囲の話として受け取っていただければと思います。
「苦しそう」に見える様子と、痛みの見取り方
最期が近づいた時期に見られるとされる体の変化のうち、ご家族がもっともつらく感じるのが「苦しそうに見える」場面です。ここでは、獣医療の解説で挙げられている代表的な変化と、その背景として言われていることを整理します。あくまで一般的な情報で、その子に当てはめて判断できるものではありません。
| 見られることのある変化 | 背景として言われていること | 家庭での見方 |
|---|---|---|
| 食べる量・飲む量が減る | 体が食事を必要としなくなっていく過程で起こるとされる | 無理に与えると誤嚥の心配があるため、与え方は獣医師に確認する |
| 眠っている時間が増える・呼びかけへの反応が鈍る | 意識のレベルが下がっていく過程とされる | 起こそうとせず、静かな環境を保つ |
| 体温が下がり、手足が冷たくなる | 循環の変化にともなうものとされる | 寝床を温めすぎない範囲で保温する |
| 呼吸が浅くなったり深くなったりを繰り返す | 終末期に見られることのある呼吸の変化とされる | 回数や様子をメモし、動物病院に伝える |
| 下顎だけを動かすような呼吸になる | 意識のレベルが下がった状態で起こるとされ、見た目ほど本人が苦痛を自覚しているとは限らないと説明されることが多い | 驚かず、そばで静かに見守る。判断は獣医師に委ねる |
| 体に力が入る・けいれんが起こる | 終末期に時折みられる神経症状として挙げられている | 体を押さえつけず、周囲の危険物をどける。すぐに連絡する |
これらは獣医師監修の解説記事や往診獣医師協会の資料で挙げられているもので、必ず起こるものでも、この順に進むものでもありません。進み方には大きな個体差があるとされています。

痛みは「訴え」ではなく行動から見るとされている
犬は痛みを鳴き声で訴えるとは限らず、行動の変化として現れるほうが多いと説明されています。獣医療では、鳴き声・傷を気にする様子・動きやすさ・触られたときの反応・表情や態度・姿勢の6つの項目から痛みを評価する質問票(グラスゴー疼痛スケール短縮版)が広く使われています。
ご家庭で点数をつける必要はありませんが、「いつもと違う姿勢でじっとしている」「触れられるのを避ける」「トイレや水飲みのための最低限の移動さえしなくなった」といった変化は、痛みのサインとして挙げられているものです。痛みの緩和は獣医療で対応できる部分が大きいとされていますので、我慢させずに相談してください。
また、終末期の状態をご家族と獣医師が共有するために、痛み・食欲・水分・清潔・気分・動きやすさ・良い日が悪い日より多いかの7項目で生活の質を採点する評価表(Villalobos医師によるHHHHHMMスケール)が海外の緩和ケアで用いられています。日々の様子を言葉にしにくいときの手がかりになります。
動物病院に相談する目安
「もうできることはないから、連絡しても迷惑ではないか」とためらう方がいらっしゃいます。緩和ケアは、治療ができない段階になってからも続く獣医療の一部とされています。次のような様子が見られたときは、時間帯にかかわらず、まずかかりつけの動物病院に電話で相談してください。
- 呼吸が速い・浅い、あるいは口を開けて苦しそうにしている
- 体に力が入る、けいれんが起きた
- 触れられるのを強く嫌がる、うずくまって動かない(痛みのサインとされます)
- 丸一日以上、水も口にできていない
- 処方されている痛み止めが効いていないように見える
- 今後どう進むのか、どこまで自宅で見てよいのかが分からず不安
最後の項目も、立派な相談理由です。往診獣医師協会の資料でも、活動量・飲食・排泄の様子を毎日記録し、不安や疑問を獣医師に伝えることがすすめられています。夜間や休診日の連絡先、往診に対応している病院があるかを、動けるうちに確認しておくと安心です。

看取りの場で、ご家族ができること
特別な看護技術は必要ありません。獣医療の解説で共通して挙げられているのは、できるだけ「いつもどおり」の環境と気配を保つことです。アニコム損保の解説でも、これまでと変わらない生活環境のなかで家族とのふれあいを続け、その子らしさを支えることが目標とされています。

1いつもの声で、いつものように話しかける
うまい言葉を探さなくて大丈夫です。名前を呼ぶ、今日の天気を話す、それだけで十分だと思います。泣いてしまうことを我慢する必要もありません。前述のとおり、話し方の調子は受け取られている可能性があるとされています。
2そっと触れる、体の向きを変える
強く揉むようなマッサージは避け、手を添える程度にとどめます。寝たきりの状態が続くと床ずれや皮膚の感染が起こりやすくなるとされているため、数時間おきに体の向きを変えることがすすめられています。やり方は動物病院で教えてもらえます。
3暗さ・静けさ・温度を整える
明るすぎる照明、人の出入り、大きな物音は控えます。寝床の寝心地と室温・湿度を整えることは、緩和ケアの解説でも自宅でできるケアとして挙げられています。使い慣れた毛布やおもちゃを近くに置くのもよいとされています。
4食事と水は、無理をさせない
食べられる量が減っていくのは、この時期に起こるとされる変化で、お世話の仕方が原因ではありません。温めて香りを立てる、流動食にする、スプーンで少しずつ与えるといった工夫が紹介されていますが、飲み込む力が落ちている場合は誤嚥の危険があります。与えてよいか、どう与えるかは必ず獣医師に確認してください。
5毎日の様子をメモしておく
食べた量、水を飲んだか、排泄、呼吸の様子、眠っていた時間。短いメモで構いません。診察のときに何より役立つ情報になりますし、あとから読み返したときに「ちゃんと見ていた」と分かる記録にもなります。
6ご家族も、交代で休む
付き添う人が倒れてしまわないことも、看護の一部です。アニコム損保の解説でも、信頼できる人に相談すること、ケアを一時的に誰かに委ねて休むことがすすめられています。ひとりで抱え込まない体制を、早めに作っておいてください。
そして、最期の瞬間に立ち会えなかったとしても、それはご家族の落ち度ではありません。人が席を外したわずかな時間に息を引き取ることは珍しくないと言われています。「気を遣って一人のときを選んだ」といった説明も見かけますが、これも確かめられていない解釈です。ただの偶然だとお考えいただいて構いません。
「もっと早く気づいていれば」と思うとき
看取りの前後に、多くの方が同じ場所でつまずきます。もっと早く病院に連れて行っていれば。あの治療を選んでいれば。最後にもっとそばにいてあげられたら。
犬をはじめとする動物には、痛みや不調を表に出しにくい性質があると説明されています。気づくのが遅れたのではなく、気づきにくい形で進んでいた、というほうが実際に近いことが多いはずです。そして、あのときの選択が違っていたらどうなっていたかは、誰にも確かめられません。確かめられないことについて、自分を裁く必要はないと思います。

お別れが近いと知らされてから、まだ生きているのに悲しくなってしまう。そんなご自分を薄情だと感じる方もいらっしゃいます。これは予期的な悲しみと呼ばれ、大切な存在を失うことが分かっている状況で自然に起こるものとされています。おかしなことではありません。
また、先に旅立った子のあと、残された同居犬に行動の変化が見られることも報告されています。イタリアで426名の飼い主を対象に行われた調査では、注目を求める行動が増えた67%、遊ぶことが減った57%、活動量が下がった46%といった変化が報告されました(Uccheddu ら, Scientific Reports, 2022年)。ただし研究者自身が「これを悲嘆と確認することはできない」と明記しており、飼い主自身の悲しみが犬に影響した可能性も排除できないとしています。断定はできませんが、変化が出ても異常ではない、という理解でよいと思います。
安楽死という選択肢について
終末期の相談のなかで、安楽死をどう考えればよいかという問いが出てくることがあります。この記事では、選ぶことも選ばないことも、どちらも否定しません。
米国動物病院協会と国際動物ホスピス緩和ケア協会が共同でまとめた終末期ケアの指針(2016 AAHA/IAAHPC End-of-Life Care Guidelines)では、終末期のケアは苦痛を最小限にし、快適さを最大にすることに焦点を置くべきとされ、その判断のために生活の質の評価ツールを用いること、そして飼い主に対して批判的でない(nonjudgmental)関わりをすることが強調されています。往診獣医師協会の資料でも、安楽死は自然死とともに選択肢のひとつであり、家族と獣医師が何度も話し合いながら決めることで、正解はないとされています。

「早すぎたのではないか」「決められなかった自分は間違っていたのではないか」と、どちらを選んでも人は自分を責めがちです。けれど、判断の材料はその時点で持っていたものがすべてでした。迷ったこと自体が、その子を大切に思っていた証拠だと思います。決めかねているときは、ひとりで抱えず、かかりつけの獣医師に「まだ決められない」とそのまま伝えてください。
よくある質問
※本記事は一般的な情報提供が目的で、診断・治療の代わりではありません。気になる症状は動物病院にご相談ください。
まとめ
犬の最後の気持ちを言い当てることは、誰にもできません。「こう思っていたはずだ」という言葉は、慰めであっても事実ではなく、それは「後悔していた」「恨んでいた」という側の解釈についても同じです。
分かっているのは、信頼する人がそばにいると犬は落ち着きやすいとされること、話し方の調子は受け取られていると考えられること、そして痛みは獣医療で和らげられる部分が大きいとされることです。だから看取りの場でできることは、むずかしいことではありません。いつもの声で名前を呼び、静かな環境を保ち、気になることがあれば動物病院に相談する。それで十分です。
気づくのが遅かったのではないかという思いが消えないときは、どうか、確かめられないことでご自分を裁かないでください。迷ったことも、決めきれなかったことも、その子を大切に思っていたからこそ起きたことです。
いま静かに過ごしているその子と、そばにいるご家族の時間が、おだやかでありますように。