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犬の徘徊と寿命の関係|認知症のサインの見分け方と家でできる工夫

夜中にふと目が覚めると、同じ方向にぐるぐると回り続けている。部屋の隅に入り込んだまま、自分では戻れなくなっている。名前を呼んでも、以前のようには振り向いてくれない——。長く一緒に暮らしてきた犬にこうした様子が出てくると、飼い主さんの胸に真っ先に浮かぶのは「この子はもう、長くないのだろうか」という問いではないでしょうか。

徘徊は、高齢の犬に見られる変化のなかでも、飼い主さんの心を強く揺さぶるもののひとつです。歩き回る姿を見ているのがつらく、夜も眠れず、そして「どう受け止めればいいのか分からない」まま日々が過ぎていきます。

この記事では、犬の徘徊と寿命の関係について、獣医学の学会・専門誌で公開されている情報を編集部が調べ、分かっていることと分かっていないことを分けて整理しました。あわせて、徘徊に見えて実は別の病気だったというケース、家でできる工夫、そして介護する側が消耗しきってしまわないための考え方までを、静かにお伝えします。

飼い主さん
14歳の子が、夜になると家の中をぐるぐる歩き回るようになりました。徘徊が出たら、もう寿命が近いということなのでしょうか。
編集部
「徘徊が出たから、残りは何か月」と言えるような目安は、少なくとも編集部が確認できた範囲の研究では示されていません。ただ、徘徊はからだと暮らしを見直す合図でもあります。まずは、ほかの病気が隠れていないかを確かめるところから、一緒に順を追って整理していきましょう。

一言でいうと、犬の徘徊は「余命が何か月」と換算できるものではなく、まず動物病院で原因を切り分けるべきサインです。高齢犬の徘徊の背景として知られている認知機能不全症候群については、生存期間との関係を追った研究でも寿命を縮める結果は確認されていません。

犬の徘徊と寿命の関係|研究で分かっていること

結論から書きます。「徘徊が始まったら余命はおよそ◯か月」といった数字は、編集部が獣医学の専門誌・学会情報を調べた範囲では、根拠のある形で示されているものが見当たりませんでした。そうした数字を見かけたときは、出典が明記されているかどうかを確かめていただければと思います。

ゆっくりと歩く高齢の犬に寄り添う飼い主
写真はイメージです

認知機能不全症候群があっても、生存期間に差は見られなかった

徘徊の背景として最もよく知られているのが、犬の認知機能不全症候群(CCD/CCDS。一般には「犬の認知症」と呼ばれます)です。この状態と生存期間の関係を長期に追った研究として、Fastらが2013年に『Journal of Veterinary Internal Medicine』へ発表した観察研究があります。8歳を超える犬94頭を、検証済みの質問票で認知機能不全症候群あり・境界・なしに分け、およそ3年にわたり追跡したものです。

この研究では、認知機能不全症候群があることが生存期間に不利に働くという結果は認められませんでした。犬種の大小や性別による差も見られなかったと報告されています。ただし対象は94頭と多くはなく、認知機能不全症候群と判断された犬には薬や療法食、行動面の刺激といった対応が行われていた点は、読むうえで踏まえておきたいところです。

それでも「介護の時期に入った」ことは確かなサイン

寿命そのものを縮めるとは確認されていない一方で、徘徊が出てきたということは、その子が加齢による変化のなかにいることを示しています。段差やすき間が危険になり、夜の過ごし方が変わり、食事や排泄の介助が必要になっていく——生活の組み立てを見直す時期に入った合図として受け取るほうが、実態に近いはずです。

「あとどれくらい」と数えることよりも、今日をどう穏やかに過ごしてもらうかに目を向けられたとき、飼い主さんご自身の気持ちも少し落ち着くことがあります。

どんな様子が「徘徊」?犬の認知機能不全症候群とDISHAA

ひとくちに徘徊といっても、飼い主さんが目にする光景はさまざまです。よく語られるのは次のような様子です。

  • 目的があるようには見えないまま、家の中を歩き続ける
  • 同じ方向にぐるぐると円を描いて回る(旋回)
  • 部屋の隅や家具のすき間に入り込み、自分では後ろに戻れなくなる
  • 昼はほとんど眠っているのに、夜になると起き出して歩き回る・鳴く
  • 壁や家具にぶつかることが増える

獣医師が確認する6つの領域(DISHAA)

高齢犬の行動の変化は、獣医行動学の分野で「DISHAA」と呼ばれる6つの領域に整理して評価されます。見当識(Disorientation)、社会的な関わり方(Interactions)、睡眠と覚醒のサイクル(Sleep-wake cycles)、排泄の失敗や学習していたことの喪失(House soiling)、活動性の変化(Activity)、そして不安(Anxiety)の頭文字です。徘徊は、このうち見当識と活動性にまたがって現れるサインにあたります。

高齢犬の変化をみる6つの領域DISHAAと、徘徊が当てはまる位置を示した図解
高齢犬の変化をみる6つの領域(DISHAA)と、徘徊が当てはまる位置(当メディア編集部作成)

2025年12月には、米国・英国・カナダ・ドイツ・ハンガリーの専門家12名からなるCanine Cognitive Dysfunction Syndrome Working Groupが、犬の認知機能不全症候群の診断とモニタリングに関する国際的なガイドラインを『Journal of the American Veterinary Medical Association(JAVMA)』に発表しました。編集部が確認した限りでは、このテーマで初めてまとめられたガイドラインです。7歳ごろから6〜12か月ごとに行動面のスクリーニングを行い、変化の基準となる状態を記録しておくことが推奨されています。

気づかれにくく、見過ごされやすい

この変化は「年のせい」で片づけられやすく、動物病院で把握されにくいことが指摘されてきました。Salvinらが2010年に『The Veterinary Journal』へ発表した調査では、8歳以上の家庭犬のうち14.2%が認知機能不全症候群に該当すると推定された一方、獣医師から実際に診断を受けていたのは1.9%にとどまったと報告されています。有病率の推定値は調査方法や判定基準によって幅がありますが、「気づかれていない子がいる」という指摘は各所で共通しています。

徘徊に見えて別の病気のことがある|受診で切り分ける

ここが、この記事でいちばんお伝えしたい部分です。認知機能不全症候群は、ほかの病気を除いていった先で考える「除外診断」として扱われます。2019年に『Frontiers in Neuroscience』へ掲載されたレビューでも、脳腫瘍・高血圧・そのほかの神経の病気・代謝やホルモンの異常などを除外する必要があると明記されています。JAVMAのガイドラインでも、診断の第一段階は他の医学的原因を調べる検査と併存疾患の把握に置かれています。

動物病院で高齢の犬の診察を受ける飼い主と獣医師
写真はイメージです

つまり、ぐるぐる回る・戻れなくなるという様子だけでは、認知機能不全症候群と決めることはできません。次のような病気でも、似た動きが現れることが知られています。

考えられるもの 現れやすい様子 認知機能の低下との違いとして語られる点
前庭疾患(内耳・脳の平衡感覚の異常) 頭が傾く、眼が小刻みに揺れる、一方向に回る、ふらついて倒れる、吐く ある日突然、はっきりした異常として現れることが多い
脳の腫瘍・脳の炎症など 旋回、けいれん、性格の急な変化、片側だけの異常 画像検査などで確認していく必要がある
肝臓や腎臓の機能低下(肝性脳症など) ぼんやりする、ふらつく、食後に様子が変わる 血液検査で手がかりが得られることがある
視力・聴力の低下 ぶつかる、隅で立ち止まる、呼んでも反応しない 感覚が届いていないだけで、認知機能とは別の問題
痛み(関節・歯・お腹など) 落ち着かず動き回る、夜に鳴く、触られるのを嫌がる 痛みが和らぐと様子が変わることがある

このなかでも、高齢の犬で比較的よく話題にのぼるのが前庭疾患です。首を傾ける、眼が揺れる、まっすぐ歩けずに一方向へ回ってしまう、といった様子が突然現れます。認知機能の低下による徘徊がゆっくり進んでいくのに対し、こちらは「昨日までは普通だったのに」という形で起こることが多いと説明されます(アニコム損保「みんなのどうぶつ病気大百科」ほか)。ふらつきや首の傾きがあるときは、早めの受診をおすすめします。

受診のときに伝えたいこと

1いつから、どんなふうに始まったかを整理する

「1か月前から」「昨日の夜から急に」といった時間の経過は、原因を絞り込むうえで大きな手がかりになります。カレンダーやメモアプリに、気づいた日付を残しておくと安心です。

2歩いている様子を短い動画で撮っておく

診察室では緊張して、いつもの様子が出ないことがよくあります。回る向き、頭の傾き、足の運び方が分かる十数秒の動画があるだけで、獣医師に伝わる情報は大きく変わります。

3睡眠・食事・排泄の変化もあわせて伝える

夜に何回起きたか、食べる量が変わったか、失敗が増えたか。DISHAAの6領域にあたる情報がそろうほど、全体像が見えやすくなります。

4飲んでいる薬・サプリメントをすべて持参する

ほかの病院で処方されたものや市販のサプリメントも含めて、現物か写真を見せられるようにしておくと確実です。

家でできる徘徊への工夫

徘徊への対応は、歩くことをやめさせる方向ではなく、歩いてしまっても危なくない場所をつくる方向で考えられることが多くなっています。実際にどの方法が合うかはその子によって違うため、かかりつけの獣医師に相談しながら試していくのが確実です。

徘徊が始まった家で先に整えたい4つのことをまとめた図解
徘徊が始まった家で、先に整えたい4つのこと(当メディア編集部作成)

1部屋の角とすき間を先にふさぐ

高齢犬の徘徊でとくに困るのが、部屋の隅や家具のすき間に入り込んで自分では戻れなくなることです。ソファと壁のあいだ、テーブルの脚まわりなど、はまり込みそうな場所をクッションや板であらかじめ埋めておくと、身動きが取れずに鳴き続ける時間を減らせます。

2丸く回れる囲いを試してみる

同じ方向に回り続ける子には、角のない円形のサークルを使う方法が紹介されています。壁にぶつかって止まることがなくなるため、落ち着いて回れるようになり、夜鳴きが軽くなる場合があると説明されています。市販品のほか、ビニールプールやマットを丸く立てて代用している家庭もあります。合う・合わないがあるため、獣医師に相談したうえで様子を見ながら取り入れてください。

3床とふちをやわらかくする

すべる床は足腰の負担になり、転倒のもとにもなります。すべり止めマットを敷き、囲いのふちにはクッション材を巻いておくと、ぶつかったときのけがを防ぎやすくなります。

4日中に光と刺激を届ける

昼夜が逆転している場合、日中に日の光を浴びる時間をつくり、におい嗅ぎや短い散歩、声かけといった軽い刺激を入れることが勧められています。眠り続けさせないことが、夜の落ち着きにつながることがあります。無理に起こして疲れさせるのではなく、その子のペースで、が前提です。

5夕方以降は静かな環境に整える

テレビの音量を落とす、照明を落とす、寝る場所をいつもと同じにする。夜の環境を毎日そろえておくことが、混乱を減らす助けになると言われています。

夜鳴き・昼夜逆転とどう向き合うか

徘徊に夜鳴きが重なると、飼い主さんの負担は一気に大きくなります。近隣への気づかいも重なって、追い詰められた気持ちになる方は少なくありません。

夜、静かな部屋のベッドで丸くなって眠る犬
写真はイメージです

まず知っておきたいのは、夜鳴きは「わがまま」や「しつけの失敗」ではないということです。睡眠と覚醒のサイクルの乱れはDISHAAの6領域のひとつに数えられており、加齢に伴う変化として整理されています。叱っても状況は変わらず、飼い主さんの心だけが削られてしまいます。

また、痛みや不快感、のどの渇き、トイレの失敗といった別の理由で鳴いていることもあります。夜間の様子を数日分メモしておくと、鳴く時間帯や状況の傾向が見えてくることがあります。

環境の工夫だけでは眠れない状態が続くようであれば、動物病院に相談してください。行動面の変化に対しては薬やサプリメント、療法食といった選択肢が使われることがありますが、効き方や適応はその子の状態によって異なり、自己判断で始めるものではありません。獣医行動診療科の認定医が在籍する病院や、行動診療を扱う施設に相談する道もあります。

飼い主の睡眠不足と消耗を、軽く見ないでください

介護の話になると、どうしても犬側の話が中心になります。けれど徘徊と夜鳴きが続く生活で、いちばん静かに削られていくのは飼い主さんご自身です。

窓辺で静かに考えごとをしている人
写真はイメージです

これは気のせいではなく、調査でも確かめられています。Taylorらが2024年に『Veterinary Record』へ発表した調査では、8歳以上の犬を介護した経験をもつオーストラリアの飼い主537人のうち、約16%が臨床的に問題となる水準の介護負担を抱えていたと報告されました。認知機能の低下の程度と介護負担のあいだには中程度の正の相関が見られ、最も多く挙げられた困りごとは「夜間に眠らせてもらえないこと」でした。

眠れない日が続けば、判断力も気持ちの余裕も落ちていきます。「自分がやらなければ」と抱え込んだ結果、後悔だけが残ってしまうことのないように、次のような備えを早めに考えておいてください。

  • 夜の当番を家族で分ける:週に一日でも通して眠れる夜があると、体力の回復がまるで違います
  • 預け先を「必要になる前に」調べておく:老犬ホーム、ペットホテル、訪問型の介護サービスなど、地域にどんな選択肢があるかを平時に確認しておく
  • かかりつけの獣医師に生活の状況も伝える:犬の症状だけでなく、飼い主側が眠れていないことも含めて相談してよい内容です
  • つらさを言葉にする場所をもつ:同じ立場の飼い主さんの集まりや、心の専門家に相談する選択肢もあります

介護の疲れと、いつか来るお別れへの不安は地続きです。気持ちの整理がつかないときは、こちらもあわせてご覧ください。

お別れが近づいてきたと感じたときに

徘徊そのものは、寿命の残りを示すものではありません。それでも介護の日々のなかで、その日のことを考えずにいるのは難しいと思います。

夕暮れのやわらかな光が差し込む静かな風景
写真はイメージです

心が動くうちに少しだけ調べておくと、そのときに慌てずにすみます。安置の方法、お別れまでの時間の過ごし方、火葬の形式(合同・個別・立会)と費用のちがい、住んでいる自治体での手続き。どれも、必要になってから初めて調べるには重い内容です。

逆に言えば、いま調べておけば、そのときは目の前の子とのお別れに集中できます。準備は、冷たいことではありません。

よくある質問

Q徘徊が始まってから、あとどれくらい一緒にいられますか。

A徘徊の有無から残りの時間を見積もる方法は、編集部が調べた範囲では見つかりませんでした。前述のFastらの追跡研究(2013年)でも、認知機能不全症候群があることが生存期間に不利に働くという結果は認められていません。実際の見通しは、その子の体格や持病、全身の状態によって大きく変わります。かかりつけの獣医師に、いまの検査結果をもとに相談されるのがいちばん確かです。

Q何歳ごろから気をつけて見ればよいでしょうか。

A2025年12月に公開されたCCDS Working Groupのガイドラインでは、7歳ごろから6〜12か月ごとに行動面のスクリーニングを行い、その子の「普段の状態」を記録しておくことが勧められています。元気なうちの記録があるほど、あとから変化に気づきやすくなります。

Q認知症の薬やサプリメントで、徘徊はおさまりますか。

A高齢犬の行動の変化に対しては、薬・サプリメント・療法食などが使われることがありますが、効果の出方や向き不向きはその子の状態によって異なります。本記事では効果を断定することは控えます。まずは診察を受け、原因の切り分けをしたうえで、獣医師と相談して選んでいってください。

Q夜通し歩き回るので、こちらが限界です。どうすればよいですか。

Aまずは動物病院で、痛みやほかの病気が隠れていないかを確認してください。そのうえで、環境の工夫や夜の過ごし方、必要に応じた薬の相談ができます。並行して、家族での当番分担や、老犬ホーム・訪問介護といった預け先を調べておくことも現実的な選択肢です。介護する側が倒れてしまわないことは、その子のためでもあります。

※本記事は一般的な情報の提供を目的としたもので、診断や治療の代わりになるものではありません。気になる症状は動物病院にご相談ください。

まとめ

犬の徘徊は、「余命が何か月」と数字に置き換えられるものではありません。認知機能不全症候群と生存期間の関係を追った研究でも、寿命を縮めるという結果は確認されていませんでした。一方で、ぐるぐる回る・戻れなくなるという様子は、前庭疾患や脳の病気、肝臓の不調、痛み、感覚の低下でも起こります。だからこそ、最初にすべきは動物病院での切り分けです。

そのうえで、家のなかの角をふさぎ、床をやわらげ、昼と夜のリズムを整えていく。そして、介護する側の眠る時間も同じくらい大切に守っていく。できることは、思っているよりもあります。

迷いながら過ごすその一日一日が、いちばんそばで見守ってきた方にしか作れない時間です。あなたとその子の夜が、少しでも穏やかでありますように。

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