夜中になると、家じゅうに響くような声で鳴く。名前を呼んでも、こちらを見ようとしない。ずっと使ってきたトイレのすぐ手前で、粗相をしてしまう——。長く一緒に暮らしてきた猫にそんな変化があらわれたとき、「うちの子は認知症なのだろうか」と、胸がざわつく思いをされている方も多いのではないでしょうか。夜に眠れない日が続いて、心も体も少し疲れてしまっているかもしれません。
猫にも、加齢にともなって脳の働きがゆっくり変化する「認知機能不全症候群(CDS)」があることが知られています。この記事では、猫の認知症でみられるとされる代表的な症状と、獣医療で使われている症状の整理のしかた、そして同じような様子があらわれる別の病気との見分けについて、静かに整理しました。診断はあくまで動物病院で行われるものですが、いま起きていることに名前を与えて、次の一歩を落ち着いて選ぶための手がかりになればと願っています。


一言でいうと、猫の認知症(認知機能不全症候群)は、夜鳴き・徘徊・粗相・呼びかけへの反応の鈍さ・昼夜逆転といった行動の変化としてあらわれるとされ、11〜14歳の約28%、15歳以上では50%以上の猫に何らかのサインがみられたという報告があります。ただし同じような症状は別の病気でも起こるため、見分けには動物病院での検査が必要だとされています。
猫の認知症(認知機能不全症候群)とは|何歳ごろからみられる?
猫の認知症は、獣医療では「認知機能不全症候群(Cognitive Dysfunction Syndrome/CDS)」と呼ばれています。加齢にともなって脳の働きがゆるやかに変化し、記憶や見当識(自分がどこにいて、何をしていたかの感覚)、学習したことの保持などに影響があらわれる状態とされています。高齢の猫の脳では、人のアルツハイマー病でも知られるβアミロイドの沈着など、加齢に関連した変化が確認されたという研究報告があります(出典:D. Gunn-Moore ほか『Journal of Small Animal Practice』2007年)。

「何歳から」というはっきりした線引きはありませんが、症状があらわれはじめるのはおおむね10歳を過ぎたころからだといわれています。11〜21歳の猫を対象にした飼い主アンケート調査をもとにした報告では、11〜14歳の猫の約28%に高齢期に始まった行動の変化が1つ以上みられ、15歳以上では50%以上にのぼったとされています(出典:Moffat&Landsberg の調査、前掲 Gunn-Moore ほか 2007年ほか)。高齢の猫にとって、決して珍しいことではないということです。
一方で、これらの数字は「行動の変化がみられた猫の割合」であり、そのすべてが認知症と診断されたわけではない点には注意が必要です。飼い主さんが「年のせいだろう」と受け止めて動物病院で相談しないまま過ごしているケースも少なくないと指摘されています。気づかれにくく、けれど決してまれではない——それが猫の認知機能の変化だといえます。
猫の認知症でみられる代表的な症状
猫の認知症は、体の見た目ではなく「行動の変化」としてあらわれます。ひとつだけが目立つこともあれば、いくつかが少しずつ重なって進むこともあるとされています。まずは、獣医療で使われている症状の整理のしかたから見ていきましょう。

症状を整理する枠組み「DISHA」と、猫向けの「VISHDAAL」
獣医行動学の分野では、加齢にともなう認知機能の変化を整理するために「DISHA」という頭文字が使われてきました。D=見当識の障害(Disorientation)、I=人や同居動物との関わり方の変化(Interaction)、S=睡眠と覚醒のリズムの変化(Sleep-wake cycle)、H=トイレの失敗(House soiling)、A=活動量の変化(Activity)の5つで、ここに不安(Anxiety)と学習・記憶(Learning and memory)を加えて「DISHAA」「DISHAAL」と呼ばれることもあります。
ただし、この枠組みはもともと犬を想定して整理されたもので、猫では過剰な発声(夜鳴き)が非常に目立つなど、あらわれ方が異なると指摘されてきました。そこで猫向けに、発声(Vocalisation)を先頭に置いた「VISHDAAL」という整理のしかたも提案されています(出典:Sordo&Gunn-Moore『Veterinary Record』2021年)。呼び方はさまざまですが、いずれも「どの領域に変化が出ているか」を見落とさないための道具です。ご家庭でも、この視点で様子をメモしておくと、動物病院で伝えるときに役立ちます。
夜鳴き・大きな声で鳴き続ける
猫の認知症でとくに多く、飼い主さんの負担にもなりやすいのが、夜間の発声です。きっかけが見あたらないのに突然大きな声で鳴き始めたり、家の一角で長く鳴き続けたりする様子が知られています。呼びかけてそばに行くと落ち着くこともあれば、こちらを認識していないように見えることもあるとされます。不安や見当識の低下、耳が遠くなったことによる自分の声の聞こえにくさなど、いくつかの要因が重なって起こると考えられています。
徘徊・目的のない歩き回り・見当識の変化
行き先がないまま同じところを歩き回る、部屋の隅や家具のすきまで立ちすくむ、壁をじっと見つめている——こうした様子は、見当識の変化としてよく挙げられます。長年暮らしてきた家の中でも道順が分からなくなったり、ドアの蝶番側に立って出ようとしたりすることがあるといわれます。「呼んでも同じ場所をぐるぐるしている」という光景に、はじめて異変を感じる方も少なくありません。
粗相・トイレの失敗
これまで問題なく使っていたトイレ以外の場所で排泄してしまう、トイレの手前で失敗してしまう、といった変化も代表的なサインのひとつです。トイレの場所そのものが分からなくなっている場合もあれば、排泄したい感覚に気づきにくくなっている場合もあるとされます。ただし、粗相は関節の痛みでトイレをまたぎにくい、膀胱や腎臓の不調があるといった身体的な理由でも起こるため、認知症と決めつけないことが大切です。
呼んでも反応しない・人や同居猫との関わり方が変わる
名前を呼んでも顔を上げない、飼い主さんが帰宅しても気づかない、これまで仲の良かった同居猫を避けるようになる。反対に、以前より甘えて離れなくなったり、触られることを急に嫌がって攻撃的な様子を見せたりすることもあるといわれます。関わり方の変化は、どちらの方向にも起こりうると理解しておくと、「うちの子はよく甘えるから違う」と見落とさずにすみます。なお、呼んでも反応しない背景には加齢による難聴が隠れていることも多いとされ、その見分けも動物病院での確認が助けになります。
昼夜逆転・睡眠のリズムの変化
日中はほとんど眠っているのに、夜になると起き出して歩き回る、鳴く、食べ物を探すといった昼夜逆転もよく知られた変化です。睡眠と覚醒のリズムをつかさどる働きの変化と関係していると考えられています。飼い主さんの睡眠にも直接ひびくため、介護の負担が大きくなりやすいところでもあります。
| サインの領域 | ご家庭で見られる様子 | 気づきやすい場面 |
|---|---|---|
| 発声(夜鳴き) | 理由が見あたらないのに大きな声で鳴き続ける | 深夜・明け方、家族が寝静まったあと |
| 見当識 | 目的なく歩き回る/すきまで立ちすくむ/壁を見つめる | 日中、部屋を移動するとき |
| 関わり方 | 呼んでも反応しない/急に甘える/同居猫を避ける | 帰宅時、なでようとしたとき |
| 睡眠リズム | 昼はほとんど寝ている/夜に活動的になる | 就寝後の時間帯 |
| 粗相 | トイレ以外での排泄/トイレの手前で失敗 | 朝、掃除のとき |
| 活動量・学習 | 遊びに関心を示さない/覚えていた習慣を忘れる | 食事やおもちゃに誘ったとき |
ここに挙げたのは、あくまで一般的に知られている傾向です。当てはまる項目が多いからといって認知症と決まるわけではなく、逆にひとつでも、その裏に治療できる不調が隠れていることがあります。
「年のせい」で片づけない|似た症状があらわれる病気
猫の認知症でむずかしいのは、いまのところ認知症そのものを確定できる検査が確立されていないとされている点です。そのため動物病院では、似た症状を起こしうる病気を検査で一つずつ確かめ、それらが否定されたうえで認知機能の変化を考える、という進め方(除外診断)がとられるのが一般的だとされています。

| 考えられる病気・状態 | 認知症と似てみえるサイン | 動物病院で確かめられること |
|---|---|---|
| 甲状腺機能亢進症 | 夜間の発声・落ち着きのなさ・よく食べるのに痩せる | 甲状腺ホルモンを含む血液検査 |
| 高血圧(多くは他の病気に伴う) | 急な行動の変化・ぶつかる・目が見えにくい様子 | 血圧測定・眼の検査 |
| 慢性腎臓病 | 粗相・水をよく飲む・尿量が増える・元気がない | 血液検査・尿検査 |
| 変形性関節症(関節の痛み) | トイレの縁をまたげず粗相・触られるのを嫌がる | 触診・レントゲン検査 |
| 視覚・聴覚の衰え | 呼んでも反応しない・物にぶつかる・不安そうに鳴く | 眼・耳の診察と反応の確認 |
| 脳の器質的な病気 | 徘徊・見当識の変化・けいれん | 神経学的検査・画像検査など |
表を見ると、「夜鳴き」ひとつをとっても、背景として考えられることがいくつもあることが分かります。とくに甲状腺機能亢進症や高血圧は高齢猫に多いとされ、しかも治療によって症状がやわらぐ可能性があるものです。「年だから仕方ない」と受け止めてしまうと、楽にしてあげられたかもしれない不調を見過ごすことにもなりかねません。症状が急に始まった場合や、食欲・体重・飲水量の変化をともなう場合は、早めに動物病院にご相談ください。どの病気にあたるのか、認知症といえるのかの判断は、診察した獣医師によって行われます(参考:Sordo&Gunn-Moore『Veterinary Record』2021年、アニコム損害保険「猫との暮らし大百科」)。
動物病院に相談するときの目安と、伝えておきたいこと
行動の変化は、診察室では再現されないことがほとんどです。だからこそ、ご家庭での様子をどう伝えるかが、そのまま診断の手がかりになります。受診の前に、次の4点を整理しておくと落ち着いて話しやすくなります。

1いつから、どう変わったかを時系列で書き出す
「3か月ほど前から夜鳴きが始まり、ここ2週間で毎晩になった」というように、始まった時期と変化の速さをメモしておきます。ゆっくり進んだのか、ある日を境に急に始まったのかは、病気を見分けるうえで大きな手がかりになるとされています。
2実際の様子を短い動画で残しておく
夜鳴きや徘徊は、言葉で説明するより数十秒の動画のほうが正確に伝わります。鳴いているときの姿勢や歩き方、目線の向きなど、飼い主さんが気に留めていなかった情報が写っていることもあります。スマートフォンで撮っておき、診察のときに見ていただくとよいでしょう。
3食欲・飲水量・体重・排泄の変化も一緒に伝える
行動の変化だけでなく、水を飲む量が増えた、よく食べるのに痩せてきた、尿の量が変わった、といった情報は、甲状腺や腎臓の病気を見分けるうえで重要とされています。飲水量は「1日に何回、どのくらいの器で」といった大まかな目安でもかまいません。
4これまでの病気・服用中の薬・サプリメントを整理する
持病や過去の治療歴、いま与えている薬やサプリメント、フードの種類も伝えておきましょう。とくにシニア期は複数の不調を抱えていることも多く、症状の背景を読み解く材料になります。お薬手帳のように1枚にまとめておくと安心です。
受診のタイミングに迷ったときは、「急に始まった」「日ごとに強くなっている」「食欲や体重の変化をともなう」「ぶつかる・けいれんがある」のいずれかに当てはまるなら、早めのご相談がすすめられます。そうでない場合も、高齢期は年2回程度の健康診断が目安とされていますので、その機会に相談してみるのもひとつの方法です。
家庭でできる暮らしの工夫
認知機能の変化そのものを元に戻す方法は、いまのところ確立されていないとされています。それでも、暮らしを少し整えることで、その子が感じる不安や混乱をやわらげられる可能性があると考えられています。むずかしいことではなく、日々の小さな積み重ねです。

1毎日のリズムをできるだけ一定に保つ
食事や消灯の時間、遊びに誘う時間をなるべく同じにすると、見通しが立ちやすくなり不安がやわらぐとされています。日中にやわらかな日ざしの入る場所で過ごしてもらう、短い時間でも起きて関わる時間をつくる、といった工夫は昼夜逆転の緩和につながる可能性があるといわれます。
2迷わない・ぶつからない住まいに整える
家具の配置を大きく変えず、通り道に物を置かないだけでも安心につながります。夜間はほのかな明かりを一つ灯しておく、段差にはステップを置く、危険な階段やすきまには入れないようにする、といった配慮も助けになります。トイレは縁の低いものを、いつもの場所に加えて数か所に増やしておくと、失敗を減らせることがあります。
3そっと関わる時間を保つ
名前を呼ぶ、やさしくなでる、短い時間でも一緒に遊ぶ——こうした穏やかな刺激が脳の働きを保つ支えになる可能性があると考えられています。ただし無理に起こしたり、いやがることを続けたりする必要はありません。その子が心地よさそうにしているかどうかを、いちばんの目安にしてください。
4食事は獣医師に相談しながら見直す
抗酸化物質やDHA・EPAなどを含む食事が、高齢期の脳の健康を支える視点から研究されているとされています。ただし持病がある猫では制限が必要なこともあり、サプリメントを含めて自己判断で始めるのは避けたいところです。何を選ぶとよいかは、かかりつけの動物病院に相談すると安心です。
これらは症状を治すためのものではなく、その子と、そばにいる家族が少しでも穏やかに過ごすための工夫です。すべてを完璧にやろうとせず、できそうなところから一つずつで十分です。
介護する飼い主さんの心と体を守る
夜鳴きが続くと、飼い主さんの睡眠が削られていきます。何度あやしても収まらない夜に、思わず強い口調になってしまい、そのあとで深く落ち込む——そんな経験を口にされる方は少なくありません。それは、あなたがその子を大切に思い、ずっと向き合ってきたからこそ起きることです。

介護は、一人で抱えるほど苦しくなります。家族がいるなら夜の見守りを交代する、日中に少し眠る時間をつくる、それだけでも違ってきます。夜鳴きへの対応に行きづまったときは、かかりつけの動物病院に「眠れていない」ことも含めて相談してみてください。生活の工夫のほか、その子の状態によっては医療的な選択肢が検討されることもあり、判断は診察した獣医師によって行われます。
飼い主さんが健やかでいることは、その子の穏やかな時間を支えるための土台です。頑張りきれない日があっても、それはあなたの愛情が足りないからではありません。
お別れが近づいたときのために
読むのがつらいテーマかもしれません。それでも、その日のことをうっすらとでも知っておけると、いざというときに慌てず、静かにそばにいてあげられます。ここでは、そっとお伝えします。

認知機能の変化がある猫でも、最期の時間に起こることは他の高齢猫と大きく変わらないといわれます。食べ物や水をほとんど口にしなくなる、静かな場所に隠れようとする、周囲への反応がうつろになる、体温が下がって呼吸が浅くなる——そうした様子が見られることがあるとされています。苦しそうな様子が強いときや、けいれんが長く続くときは、ためらわず動物病院に連絡してください。それ以外のときは、あたたかく静かな居場所を整え、名前を呼び、そっと触れてあげることが何よりの寄り添いになります。聴覚や触覚は最期まで残るともいわれています。
そして、お別れのあとには、安置やお見送り、火葬、供養といった実務的な流れがあります。深い悲しみのただ中で迷わずにすむよう、その流れをあらかじめ知っておくことは、静かな備えになります。
介護の日々が長かった分、見送ったあとに深い喪失感に包まれることもあります。その気持ちをひとりで抱え込まず、同じように見送った人の言葉にふれることが、少しだけ心を軽くしてくれることもあります。
よくある質問
※本記事は一般的な情報の提供を目的としたもので、診断や治療の代わりになるものではありません。認知症かどうかの判断や症状への対応は、診察を受けた獣医師によって行われます。気になる症状がある場合は、動物病院にご相談ください。掲載内容は執筆時点(2026年7月)で確認できた各情報源の目安です。
まとめ
猫の認知症(認知機能不全症候群)は、夜鳴き・徘徊・粗相・呼びかけへの反応の鈍さ・昼夜逆転といった行動の変化としてあらわれるとされ、11〜14歳の約28%、15歳以上では50%以上に何らかのサインがみられたと報告されています。獣医療では見当識・関わり方・睡眠・粗相・活動量などの領域に分けて整理されますが、同じ症状は甲状腺機能亢進症や高血圧、関節の痛みなどでも起こるため、見分けには動物病院での検査が欠かせないとされています。
「年のせい」と受け止めていた変化に名前がつくと、できることが少しだけ見えてきます。生活リズムを整え、迷わない住まいにして、そっと名前を呼ぶ。それは症状を消す方法ではありませんが、その子の一日を穏やかに保つための、確かな手立てです。眠れない夜を重ねているご家族が、どうか少しでも休めますように。そして、ゆっくりと年を重ねたその子との時間が、最後まであたたかな灯りに包まれていますように。