夜中に同じ声で鳴き続ける。壁の前でじっと立ち止まっている。名前を呼んでも、以前のようには振り向かない。長く一緒に暮らしてきた猫にそんな変化が現れたとき、「うちの子は痴呆になってしまったのだろうか」と検索された方も多いのではないでしょうか。
この記事は、症状を並べて不安をあおるためのものではありません。「痴呆」という言葉が今の獣医療でどう扱われているのか、その判断がどんな手順で慎重に進められるのか、そして何より、眠れない夜が続くご家族が暮らしをどう組み直せば介護を続けていけるのかを中心にまとめました。愛猫に詳しい当メディア編集部が、獣医学の一次情報や公的機関の資料をもとに調べています。


一言でいうと、「猫の痴呆」は現在の獣医療では「認知機能不全症候群」と呼ばれ、ほかの病気を除いていった先で考えられる状態とされています。そして、その介護は一人で背負うものではなく、家族の分担と外部のサービスを組み合わせて続けていくものと考えられています。
「猫の痴呆」は、いま何と呼ばれているのか
検索窓に「猫 痴呆」と打ち込んだ方に、まずお伝えしたいことがあります。同じ状態を指す言葉が、いくつも並んで使われているということです。
人の医療では、厚生労働省の「『痴呆』に替わる用語に関する検討会」が2004年12月に報告書をまとめ、「痴呆」という用語は侮蔑的な表現であるうえに実態を正確に表しておらず、早期発見・早期診断の取り組みの支障になっていると指摘したうえで、「認知症」への変更が適当だと結論づけました。この流れを受けて、日本語で「痴呆」という言い方が使われる場面は少しずつ減ってきています。
動物の領域でも同じことが起きています。獣医療では、加齢にともなう脳の変化によって行動が変わっていく状態を「認知機能不全症候群(CDS)」あるいは「高齢性認知機能不全」と呼ぶのが一般的です。米国コーネル大学猫健康センターは、この状態を人のアルツハイマー病や老年期の認知症に似た兆候を示すものとして解説しており、加齢にともなうベータアミロイドというたんぱく質の蓄積や脳の血流の低下が関わっていると説明しています。

言葉の話をわざわざ最初に置いたのには理由があります。「痴呆」という語感には、どうしても「もう分からなくなってしまった」「何もできなくなった」という響きがついてまわります。けれど実際には、認知機能が落ちてきた猫も、なでられれば喉を鳴らし、慣れた場所ではよく眠ります。言葉を「認知機能の変化」と置き換えるだけで、向き合い方が少し変わることがあります。できなくなったことを数えるのではなく、まだできることをどう支えるかという視点に立ちやすくなるからです。
とはいえ、ご家族の間で「痴呆」という言葉を使うことがいけないわけではありません。検索するときも、家族に説明するときも、伝わる言葉を使えば十分です。ここでお伝えしたいのは、病院で「認知機能不全」「CDS」と説明されたときに、それが同じことを指しているのだと分かっていただくためのものです。
何歳ごろから、どのくらいの猫にみられるのか
次に、数字の話を落ち着いて確認しておきます。不安を大きくするための数字ではなく、「特別なことではない」と知っていただくための数字です。
海外の獣医学の報告では、11〜14歳の猫のおよそ3割、15歳以上ではおよそ半数に、認知機能の低下に関連する行動の変化が一つ以上みられるとされています(Veterinary Record 掲載の総説などによる)。国内でも、アニコム損害保険の解説記事が「10歳を過ぎる頃から認知機能の低下が見られる猫が増え、15歳以上では半数程度に何らかの症状が見られる」と紹介しています。コーネル大学猫健康センターも、行動の兆候がはっきり分かるようになるのは10歳以上の猫であると説明しています。

この数字が意味するのは、シニア期を迎えた猫にとって認知機能の変化は決してまれな出来事ではない、ということです。長く生きてくれたからこそ通る道でもあります。「うちの子だけがこうなってしまった」「私の育て方が悪かったのだろうか」と感じておられるなら、その必要はありません。
一方で、この割合の高さは「歳をとったから仕方がない」と片づけてよい理由にはなりません。次の章でお伝えするとおり、似た様子を示す病気がいくつもあり、そちらは治療で楽になれることがあるからです。
「痴呆」と考える前に、ほかの病気を除いていくことが前提です
ここがこの記事でいちばんお伝えしたい点です。猫の認知機能不全症候群は、ほかの病気や行動上の原因を一つずつ除いていったうえで考えられる「除外診断」が基本とされています。血液検査だけで「認知症です」と分かるような、一発で確定する検査は現在のところありません。

アニコム損害保険の解説では、血液検査・尿検査・レントゲン検査・超音波検査・血圧測定・内分泌検査・神経学的検査などを行いながら、ほかの疾患を除いていくと説明されています。コーネル大学猫健康センターも、甲状腺機能亢進症や腎臓の病気といった原因となりうる状態を除外したうえで対応を検討すると述べています。
似た様子を示すことがある、代表的な状態
| 確かめられること | 似た形で現れることがある様子 | 主に用いられる検査の例 |
|---|---|---|
| 甲状腺機能亢進症 | 落ち着かない・よく鳴く・夜間の活動が増える | 血液検査(ホルモン測定) |
| 腎臓の病気 | 水を多く飲む・トイレの失敗・元気の低下 | 血液検査・尿検査 |
| 高血圧 | ぶつかる・落ち着かない・急な行動の変化 | 血圧測定・眼の検査 |
| 関節などの痛み | トイレをまたげない・段差を避ける・触られるのを嫌がる | 身体検査・レントゲン検査 |
| 目や耳の衰え | 呼んでも反応しない・壁ぎわを歩く・大きな声で鳴く | 神経学的検査・眼の検査 |
表のとおり、夜鳴きや徘徊のような様子は、認知機能の変化だけに起こるものではありません。甲状腺の状態や痛みが背景にあった場合、そちらへの対応で夜の鳴き声が落ち着くことがあるとされています。「歳だから」と受診を先延ばしにしてしまうと、和らげられたかもしれない不調をそのままにしてしまうことにもなりかねません。
なお、症状そのものの見え方や、歩き回る行動の背景については、当メディアの高齢期の猫に関する記事でも詳しくまとめています。この記事では、そこから先の「暮らしをどうするか」に話を進めます。
診断や治療の内容はその子の状態によって異なります。ここに書いたことはあくまで一般的な流れであり、判断は必ずかかりつけの獣医師にご相談ください。
眠れない夜が続くとき、暮らしの側でできること
認知機能の変化で最もご家族を追い詰めるのが、夜間の鳴き声だと言われます。日中は仕事や家事があり、夜も眠れない。この状態が何か月も続けば、どんな方でも消耗します。ここでは、動物病院への相談と並行して、暮らしの側で試せることを挙げます。いずれも効果を保証するものではありませんが、獣医療の解説で一般に紹介されている工夫です。

1夜の暗さと静けさを、ほどよく和らげる
真っ暗な部屋では、見え方が落ちてきた猫が不安になりやすいと言われます。足元灯のようなやわらかい明かりを一つ残しておく、寝床から水やトイレまでの動線に物を置かない、といった調整から試せます。
2食事とトイレの時間・場所を見直す
空腹で鳴いていることもあるため、夕食を遅めにする、自動給餌器で夜中に少量が出るようにするといった工夫が紹介されています。トイレは縁の低いものに替え、寝床の近くにもう一つ増やすと、失敗が減ることがあるとされています。
3声をかけるときは、短く同じ言葉で
長く言い聞かせるより、いつもと同じ短い言葉と、いつもと同じなで方のほうが落ち着きやすいと言われます。鳴くたびに必ず抱き上げると、そのやり取り自体が習慣になることもあるため、ご家族の間で対応をそろえておくと迷いが減ります。
4変わらない環境を、なるべく保つ
模様替えや家具の移動、新しい同居動物を迎えることは、この時期の猫にとって負担になりやすいとされています。「変えない」ことも、立派なケアの一つです。
5改善しないときは、迷わず病院で相談する
環境を整えても夜間の様子が続く場合、抗不安薬などのお薬を用いる選択肢が検討されることがあります。使う・使わないの判断は獣医師によるものですので、「薬に頼るのは申し訳ない」と抱え込まず、現状をそのまま伝えてください。
記録をつけておくと、診察のときに大きな助けになります。何時ごろに鳴き始めたか、何分続いたか、食欲やトイレはどうだったか。数行のメモやスマートフォンの短い動画で十分です。ご家族が「うまく説明できない」と悩む必要がなくなります。
介護を一人で抱えないために——分担と、頼れる先
ここからが、この記事の本題かもしれません。夜通しの見守りが必要な介護は、一人で担い続けられるものではありません。介護の体制をつくることは、猫のためであると同時に、ご家族が暮らしを続けるためのものです。

家族のなかで役割を分ける
いちばん先に試していただきたいのが、担当を言葉にして分けることです。夜番と朝番を交代する、通院の付き添いと投薬を別の人が受け持つ、離れて暮らす家族には費用面や情報の共有をお願いする。「気づいた人がやる」体制のままだと、負担は必ず一人に寄っていきます。紙に書き出して冷蔵庫に貼るだけでも、分担の話は進めやすくなります。
専門家に相談する先を知っておく
かかりつけの動物病院が第一の窓口ですが、行動の変化について詳しく相談したい場合には、行動診療を専門に扱う獣医師もいます。日本獣医動物行動学会は2013年から「獣医行動診療科認定医」の認定制度を設けており、公式サイトで認定医の紹介と、行動診療を行う施設の地域別一覧を公開しています(執筆時点)。近くに該当する病院があるかを一度調べておくと、選択肢が一つ増えます。
預け先・訪問サービスという選択肢
「預けるなんて見捨てるようで」と感じる方は少なくありません。けれど、数日眠って回復したご家族のほうが、その後の介護を長く続けられます。選択肢としては、ペットシッターによる自宅への訪問、動物病院での一時的なお預かり、そして長期を前提とした老猫ホームがあります。
| 頼り方 | 向いている場面 | ご家族が確認しておきたいこと |
|---|---|---|
| ペットシッターの訪問 | 数時間だけ休みたい・外せない用事がある | 高齢猫や投薬への対応可否・動物取扱業の登録 |
| 動物病院の一時預かり | 体調が不安定で、医療的な見守りが必要 | 受け入れ条件・費用・かかりつけかどうか |
| 老猫ホーム(長期) | 介護の継続が難しい事情がある | 見学の可否・面会の頻度・医療費の別途負担 |
費用の目安も確かめておきましょう。老犬・老猫ホームの情報サイト「老犬ケア」を運営するリブモ株式会社が掲載施設をもとに算出した調査(2025年11月時点)では、猫を預ける場合の1か月あたりの料金は全国平均で63,968円、地域別では関東甲信が89,150円、関西が55,000円、東海が49,867円とされています。終身でお預かりする場合の全国平均は2,229,890円と算出されています(10歳の猫・介護なしまたは軽度介護の条件での調査。税の扱いは調査元に明記がないため、実際の費用は各施設にご確認ください)。
金額を見て、ためらわれた方もいらっしゃると思います。すべての方に必要な選択肢ではありません。ただ、「そういう手段が世の中にある」と知っているだけで、追い詰められたときの逃げ場になります。
✅こんな人におすすめ
まずは短時間の訪問シッターから試したい方、遠方に住むご家族と介護の分担を話し合いたい方、仕事と介護の両立に限界を感じ始めている方。
自分を責めないでいるために
介護が長引くと、多くの方が同じ言葉を口にされます。「もっと早く気づいてあげられたら」「イライラしてしまった自分が許せない」。

その苦しさは、あなたの心が弱いから生じているのではありません。米国ケント州立大学のMary Beth Spitznagel博士らの研究では、病気の伴侶動物を介護する飼い主に、人が家族を介護するときと同じ「ケアギバー・バーデン(介護負担)」が生じることが報告されています。猫の飼い主を対象にした2023年の研究(Journal of Feline Medicine and Surgery 掲載)でも、病気の猫と暮らす飼い主は、健康な猫と暮らす飼い主より有意に高い介護負担を示したと報告されました。負担が強いほど、不安や抑うつの傾向と関連することも指摘されています。
つまり、つらいと感じるのは自然な反応であり、あなただけに起きていることでもありません。
夜鳴きに苛立ってしまい、あとで謝ったという声は、介護を経験されたご家族からしばしば聞かれます。同じ気持ちを抱えている方は、決して少なくありません。
そして、介護のなかで感じるつらさは、お別れのあとの悲しみとも地続きです。今すでに気持ちが限界に近いと感じておられるなら、次の記事も参考になるかもしれません。
お別れが近づいてきたと感じたとき
認知機能の変化は、少しずつ進んでいくものとされています。介護のなかで、その日のことを考えはじめるご家族も多いと思います。考えてしまうことに、罪悪感を持たなくて大丈夫です。

心にとめておいていただきたいのは、調べておくことは、突き放すことではないということです。いざというときに何をすればよいかを知っていると、最後の時間を、手続きに追われずにその子のそばで過ごすことができます。安置の仕方、火葬までの流れ、必要な手続きは、あらかじめ目を通しておくだけで十分です。
そしてもう一つ。認知機能が変わっても、その子があなたを頼っていることは変わらないと考えられています。分からなくなってしまったように見える日でも、慣れた声とにおいのある場所で、猫は眠っています。
よくある質問
※本記事は一般的な情報の提供を目的としたもので、診断や治療の代わりになるものではありません。気になる症状は動物病院にご相談ください。なお、記載の費用・制度は執筆時点(2026年8月)に各調査元・公式サイトで確認した情報です。
まとめ
「猫の痴呆」と呼ばれてきた状態は、いまの獣医療では認知機能不全症候群として扱われ、ほかの病気を一つずつ除いていった先で考えられるとされています。11〜14歳でおよそ3割、15歳以上でおよそ半数という報告は、それが長生きの先にある珍しくない変化であることを示しています。だからこそ、「歳だから」で終わらせず、一度は動物病院で確かめてみてください。
そして介護は、ご家族が一人で背負うものではありません。家の中で役割を分け、専門家に相談し、預け先という選択肢も知っておく。眠れる夜を確保することは、わがままではなく、その子のそばに長くいるための準備です。
今日も名前を呼び、ごはんを出し、夜中に起きているあなたの時間は、その子にちゃんと届いています。どうか、猫もご家族も、おだやかな夜を過ごせますように。