横になったまま起き上がれなくなった猫のそばで、「この向きでつらくないだろうか」「動かしていいのだろうか」と手が止まってしまう。その迷いのなかで検索されたのだと思います。
体を起こす力が弱ってくると、猫は自分で楽な姿勢を探すことができなくなります。そのとき、飼い主さんが整えられることは確かにあります。ただし「これが正解」という一つの形があるわけではなく、猫の状態によって、してあげたほうがよいことと、しないほうがよいことが入れ替わります。
この記事では、寝たきりに近い状態の猫の姿勢の整え方、体の向きを変える体位変換、そして姿勢を支える寝床のつくり方を、獣医療の一次情報にあたりながら整理しました。呼吸がつらそうなときのように、姿勢の工夫ではなく受診が必要な場面についても、はっきり分けて書いています。


一言でいうと、呼吸が落ち着いているなら横向き(側臥位)を平らに整えて数時間おきに向きを変え、呼吸がつらそうなら猫がとっている姿勢を崩さずに動物病院へ相談するのが基本です。姿勢の工夫でできることと、獣医療でしかできないことの線引きを知っておくと、迷う時間が短くなります。
楽な姿勢の基本は横向き——ただし「呼吸が落ち着いているなら」
自分で寝返りが打てない動物の看護では、体の一方を下にしたまま長く置かないことが基本とされています。米国の獣医専門誌 Veterinary Practice News が寝たきり患者の管理としてまとめた記事では、患者を2〜4時間ごとに回転させること、そして胸を下にした伏せの姿勢(胸骨位)は動脈血の酸素分圧を高めるため望ましいことが挙げられています。同記事では、伏せの姿勢をとらせている場合でも後肢は数時間ごとに入れ替えるよう勧められています。
つまり、横向き(側臥位)と伏せ(胸骨位)のどちらか一方だけが正解なのではなく、「同じ姿勢を続けさせない」ことのほうが本質だということです。在宅で穏やかに眠っている猫であれば、横向きを基本に整え、ときどき向きを変える。呼吸が浅く速い、あるいは苦しそうな様子があるなら、伏せの姿勢を尊重する。この二段構えで考えると、そのつど迷わずに済みます。

横向きに寝かせるときに整えたい6つのこと
ここからは、手で持ち上げずにできる範囲の手当てです。抱き上げたり体を大きく動かしたりすると、痛みのある猫には負担になります。体の下に手を差し入れて滑らせるように、少しずつ位置を直すくらいの動かし方にとどめてください。
1下になる側を平らにならす
敷いているタオルや毛布にしわ・折り目・段差があると、その一点に体重が集中します。まずは体の下の面を平らに整えます。これだけで、当たっている場所の圧が分散します。
2首と頭がまっすぐになるように支える
頭が後ろへ反り返ったままだったり、逆に深く沈み込んだままだったりすると、呼吸の通り道にも首にも無理がかかります。薄くたたんだタオルを首の下に入れ、背骨のラインとゆるやかにつながる高さにします。厚く盛り上げる必要はありません。
3前肢と後肢の間にタオルを一枚挟む
横向きのとき、上側になった脚が下側の脚を押さえつけていることがあります。間にタオルを挟んで重なりをほどくと、下側の脚の血流の妨げが減り、関節の角度も自然になります。
4骨の出っ張りの下をやわらかくする
床ずれ(褥瘡)は、骨が突き出た部分が硬い面に長く押しつけられることで起こります。肩・腰・かかと・肘のあたりに、やわらかい布や低反発のパッドをそっと当てます。痩せてきた猫ほど骨が当たりやすくなります。
5胸とお腹を押さえつけない
毛布を上からかけるときは、胸のあたりを重く押さえないようにします。呼吸のたびに胸郭は動きます。掛けるものは軽く、体の左右に空気の逃げ道を残しておきます。
6苦しそうなときは横向きにしない
呼吸がつらそうな猫は、自分で楽な姿勢を選ぼうとします。その姿勢を無理に変えないことが、いちばんの手当てになります(次章で詳しく述べます)。

呼吸がつらそうなときは、姿勢の工夫だけで済ませない
ここはこの記事でいちばんお伝えしたい部分です。呼吸が苦しそうな猫を、飼い主さんの判断で横向きに寝かせ直さないでください。
WSAVA(世界小動物獣医師会)2018年大会で英国ブリストル大学 Langford Vets の K. Borgeat 氏が示した資料では、呼吸が苦しい動物にみられる姿勢の変化として「起坐呼吸——首を伸ばし、肘を外に開いた伏せの姿勢をとることで、空気の通り道の抵抗を減らそうとする状態」が挙げられ、これは非常に不安定で重い状態を示すサインだと説明されています。猫はこの姿勢を、自分の呼吸を少しでも楽にするために選んでいます。
英国の専門病院 Cave Veterinary Specialists が獣医師向けに公開している呼吸困難の猫への対応でも、原則は「ストレスを避け、扱いを最小限にすること」であり、呼吸困難のある猫はまず酸素の豊富な環境に置くこと、伏せの姿勢のまま無理に保定しないことが基本とされています。動物病院に酸素室(酸素ケージ)があるのはこのためで、在宅用の酸素濃縮器やケージのレンタルという選択肢もあります。これは飼い主さんが自宅の工夫だけで代替できる領域ではありません。
日本臨床獣医学フォーラム(JBVP)が公開している「呼吸の異常/猫の病気」では、呼吸困難のほか、舌が青紫色になっている、呼吸に異常な音が混じる、意識がはっきりしないといった状態は「直ちに動物病院へ」の区分に置かれています。早い段階のサインとしては、じっとうずくまる、遊ばなくなる、少し動いただけで荒い呼吸になる、といった変化が挙げられています。
お腹を大きく使って呼吸している、口を開けて呼吸している、安静にしているのに呼吸が速く浅い——こうした様子があれば、姿勢を整えることより先に、今の呼吸の様子を短い動画に撮って、かかりつけに電話をしてください。夜間であれば救急対応をしている病院に相談する価値があります。

体位変換——どれくらいの間隔で、どう変えるか
体の向きを変えるのは、床ずれを防ぐためと、下になった側の血流を保つためです。自分で寝返りが打てなくなると、床に接した皮膚が圧迫され続け、そこから壊死が始まります。痩せて骨が浮き出てきた猫では、進みが早いこともあります。
間隔について、公開されている獣医療の情報では次のような幅があります。
| 出典 | 示されている間隔 | 付記されている条件 |
|---|---|---|
| Veterinary Practice News「10 Tips to Manage Recumbent Veterinary Patients」 | 2〜4時間ごとに体位を回転 | 伏せの姿勢の場合も後肢は数時間ごとに入れ替える |
| The Veterinary Nurse(褥瘡の予防) | 4〜6時間ごとの定期的な体位変換 | 骨の突出部のマッサージで局所の血流を促す |
| AAHA/IAAHPC 2016 End-of-Life Care Guidelines | 間隔の数値は示されていない | 皮膚の状態(床ずれを含む)を診察項目に挙げている |
数字に幅があるのは、適切な間隔が猫の体格・痩せ具合・皮膚の状態・寝床の質によって変わるからです。いずれも動物病院での入院管理を前提にした目安でもあります。在宅では飼い主さんの生活も続きますから、「数時間おきを目安に、うちの子の場合はどれくらいがよいか」をかかりつけの獣医師に一度確認しておくのが、いちばん確かです。皮膚の赤みが引かない場所ができていれば、間隔を詰める合図になります。
向きを変えるときは、持ち上げるのではなく、体の下に両手を差し入れて、頭と腰を同時にゆっくり回します。頭が最後まで置き去りにならないように、首を支えたまま回すことがこつです。回したあとは、上の6項目をもう一度整え直します。声をかけながら、時間をかけて。嫌がる、体をこわばらせる、鳴くといった反応があれば、そこで一度やめて、次の機会にします。
向きを変えたついでに、体の下になっていた側の皮膚を見ておきます。赤くなっている、毛が薄くなっている、湿っている、触ると嫌がる——そうした変化は早めに動物病院へ伝えてください。

楽な姿勢を支える寝床——やわらかすぎないものを
意外に思われるかもしれませんが、寝床はやわらかすぎないほうがよいとされます。体が深く沈み込む寝床は、残っているわずかな力では体勢を変えられなくなり、かえって同じ姿勢に固定してしまうからです。Veterinary Practice News の前掲記事でも、寝たきりの患者には「厚く、乾いた、清潔な寝具」が常に必要であり、パッドの厚さは体重に応じて厚くすべきだとされています。体重を分散する厚みはあるけれど、埋まらない——その加減が目安になります。
重ね方は、下から順に考えると迷いません。いちばん下に防水シート、その上に体圧を分散する厚みのあるマットやパッド、いちばん上に吸水するタオルやシーツ。こうしておくと、汚れたときに上の一枚だけを替えられます。おしっこや便が皮膚についたままだと、かぶれや床ずれの原因になります。
保温は、「暖かく、熱くしない」が原則です。自分で熱源から離れられない猫では、低温やけどのリスクがあります。横須賀市のつだ動物病院が公開している解説によれば、低温やけどの目安として44℃では3〜4時間、46℃では1時間程度、50℃では30分ほどの接触でも発症の可能性があるとされ、ホットカーペットは38℃以下が推奨、電気あんかや湯たんぽはカバーや毛布で包むこととされています。同院はペットヒーターについて、4時間以上の連続使用は避けるよう勧めています。熱源は必ず布を一枚挟み、体の下に敷き込まず、猫が自分で離れられる置き方にしてください。
場所については、AAHA(米国動物病院協会)とIAAHPC(国際動物ホスピス・緩和ケア協会)が2016年に共同でまとめた終末期ケアのガイドラインで、快適な寝具、温度と換気の管理、十分な広さ、穏やかな環境、滑らない床、排泄まわりの衛生が環境の調整項目として挙げられています。コーネル大学猫健康センターも、高齢猫のお気に入りの寝床がすきま風の通る場所にないか確かめるよう勧めています。暗すぎて様子が見えない場所は避け、静かでいて目の届く一角に。

触れ方——動かさずにできること
姿勢を整える以外に、そばでできることがあります。どれも大きく動かさずにできることです。
体をきれいにしてあげること。自分で毛づくろいができなくなった猫について、コーネル大学猫健康センターは、飼い主のブラッシングが抜け毛を取り除き、血行と皮脂の分泌をうながして毛づやを保つと説明しています。力を入れず、痛がる場所を避けて、短い時間で。目やにや口のまわりは、ぬるま湯で湿らせた布でそっと拭います。
そして、名前を呼ぶこと。反応が返ってこなくても、聞こえていないとは限りません。手のひらをそっと体に添えたまま、いつもの声で話しかける。それは何かを「してあげる」よりも、ずっと自然にそばにいる形です。
逆に、控えたほうがよいこともあります。抱き上げて写真を撮り直す、姿勢を頻繁に確かめ直す、来客に会わせる、大きな音や強い光。よかれと思ってしたことが、体力を削ってしまうことがあります。迷ったら、動かす回数を減らす方向で判断してください。

看取る側の体も、守ってください
数時間おきに向きを変える、汚れたら替える、様子を見る。この生活は、静かに、確実に飼い主さんを消耗させます。眠れない夜が続けば、判断も鈍ります。
できるなら、夜間の対応を家族と交代で分ける。難しければ、日中に短く眠る時間を確保する。訪問診療や在宅ケアの相談に乗ってくれる動物病院もあります。助けを借りることは、手を抜くことではありません。
そして、完璧にできなかった日があっても、それはこの子の最期を損なうものではありません。向きを変えられなかった夜があっても、そばにいた時間のほうが、ずっと長かったはずです。
お別れが近づいてきたときに、あらかじめ知っておくと慌てずに済むことがあります。

よくある質問
※本記事は一般的な情報の提供を目的としたもので、診断や治療の代わりになるものではありません。気になる症状は動物病院にご相談ください。
まとめ
呼吸が落ち着いているなら、横向きを平らに整え、首と頭を支え、脚の重なりをほどき、骨の出っ張りを守る。そして数時間おきに向きを変える。寝床はやわらかすぎず、下に防水、上に替えられる布を。保温は布を一枚挟んで、熱くしない。
呼吸がつらそうなときは、猫が選んだ姿勢を崩さずに、動物病院へ。その線引きさえ持っていれば、あとは目の前の様子を見ながら、ひとつずつで大丈夫です。
手のひらの下に、まだ温かさがあります。その時間が、どうか穏やかでありますように。