高齢になった猫の口元から、ぽろりと歯が落ちていた。あるいは、ごはんを食べている最中に、カリッという音とともに何かがこぼれた。拾い上げてみたら、それが小さな歯だった——。そんな場面に出会うと、多くの飼い主さんが「年をとったから仕方ないのかな」と思う一方で、「痛くないのだろうか」「このまま食べられなくなるのでは」と、胸の奥がざわつくのではないでしょうか。
猫は痛みや不調を表に出しにくい動物だと言われています。歯が抜けるほどの変化が口の中で起きていても、いつもどおりに見えることは少なくありません。だからこそ、抜けた歯という「目に見える手がかり」は、口の中を確かめるきっかけとして大切な合図になります。
この記事では、高齢の猫の歯が抜ける背景として知られている歯周病・歯肉口内炎・吸収病巣という3つの状態と、歯が抜けたあとの食事の工夫、そして動物病院へ相談する目安を整理してお伝えします。当メディア編集部が、大学の獣医系機関や動物病院が公開している解説をもとにまとめました。診断や治療そのものは獣医師の領域ですので、この記事は「気づく」「備える」ためのものとしてお読みいただければ幸いです。


一言でいうと、高齢の猫の歯が抜けるのは「年をとったから」ではなく、歯周病・歯肉口内炎・吸収病巣といった口の中の病気が背景にあることが多いとされています。人の永久歯とは違い、猫の歯が加齢だけで自然に抜け替わることはないと考えられており、抜けた歯は口の中を確かめるサインとして受け止められています。
高齢の猫の歯が抜けるのは「年のせい」ではないと考えられています
猫の歯は、生後3週間ごろから乳歯が生えはじめ、生後3か月ごろから生え替わりが始まって、おおむね6か月齢までに永久歯が生えそろうとされています。乳歯は26本、永久歯は30本で、この生え替わりが終わったあとは、本来「もう抜ける予定のない歯」が並んでいる状態です。つまり、シニア期に歯が抜けるのは、生理的な生え替わりではありません。

では、何が起きているのか。コーネル大学猫健康センター(Cornell Feline Health Center)は、猫の歯科疾患に関する解説の中で、4歳を超えた猫の50〜90%が何らかの歯科疾患を抱えているとし、代表的なものとして歯肉炎・歯周炎・吸収病巣の3つを挙げています。国内の動物病院でも、3歳以上の犬や猫のおよそ8割が歯周病にかかっているという説明が広く用いられています。
高齢になるほどこれらの病気が進んだ状態で見つかりやすいため、結果として「年をとった猫の歯が抜ける」という印象になりますが、順序としては加齢によって歯が抜けるのではなく、長い時間をかけて進んだ病気が歯を支えられなくしていると理解されています。だからこそ、抜けた歯を見つけたときは「もう年だから」と結論づけずに、口の中で何が起きているのかを確かめる価値があります。
もうひとつ知っておきたいのは、痛みの有無です。猫は口の中に強い痛みがあっても、食べる姿勢や食べる速さを自分なりに変えて、いつもどおりに見せることがあると言われています。「食欲があるから大丈夫」とは限らない、という前提で見ていただくと、小さな変化に気づきやすくなります。
歯が抜ける背景として知られる3つの状態

ここでは、獣医療の解説で高齢猫の歯の脱落と関連づけて語られることの多い3つの状態を、それぞれの特徴とともに整理します。いずれも見た目が似ていて、飼い主さんが口を覗いただけで区別することはできません。確定できるのは、麻酔下での口腔内検査やレントゲン検査を行った獣医師だけとされています。ここでの説明は、受診前に「どんな可能性があるのか」を知っておくためのものです。
歯周病|歯を支える土台がゆるんでいく
歯垢や歯石がたまることで歯ぐきに炎症が起き、進行すると歯を支える組織まで壊れていく状態です。3歳以上の犬や猫の約8割が罹患していると言われるほど身近な病気で、シニア期の猫で見つかることも珍しくありません。歯ぐきの赤みや出血、口臭の強まり、歯のぐらつきなどが挙げられ、進行した場合には歯の根元に膿がたまったり、顎の骨がもろくなったりすることがあると説明されています。
また、口の中の炎症は口だけの問題にとどまらず、腎臓や心臓など全身の状態と関連が指摘されることもあります。ただし、これは「歯周病だから必ず内臓の病気になる」という意味ではありません。関連が指摘されているために、口のケアが全身の健康を守るうえでも大切だと考えられている、という受け止め方が適切です。
歯肉口内炎|口の粘膜が広くただれる
歯の周囲だけでなく、口の奥の粘膜まで赤くただれてしまう状態で、猫に特徴的な病気として知られています。原因ははっきりしていませんが、多頭飼育の環境、食事、ウイルスや細菌などが関与すると報告されており、免疫の反応が強く関わっていると考えられています。
症状として挙げられるのは、強い痛み、よだれ、口臭の悪化、食欲の低下や体重の減少です。フードをこぼす、口の周りを前足で触る、毛づくろいができなくなるといった行動の変化が見られることもあり、よだれで前足や口の周りが茶色く汚れる例も報告されています。福岡の犬猫歯科専門施設の解説では、発症は平均7歳前後の中年齢に多いとされる一方、1歳前後の若い猫で見つかることもあるとされています。
治療としては内科的な方法と外科的な方法があり、状態によっては臼歯や全顎の抜歯が選択されることがあります。抜歯によって改善が期待できると報告されている一方、すべての猫で改善するわけではないともされており、どの方法を選ぶかは検査結果と猫の状態を踏まえて獣医師が判断します。
吸収病巣|歯そのものが内側から溶けていく
歯の組織が体内に吸収されるように失われていく状態で、猫破歯細胞性吸収病変(FORL)とも呼ばれます。コーネル大学猫健康センターは、猫の30〜70%に何らかの所見が見られるとし、猫が歯を失う原因として最も多いものと説明しています。
やっかいなのは、進み方が外から見えにくい点です。歯ぐきに隠れた歯の根の部分から始まると、見た目にはほとんど変化がないこともあります。一方で、歯の表面が欠けて根だけが残ったり、その部分に歯ぐきが盛り上がってきたりして初めて気づかれることもあります。強い痛みを伴うことがあり、その歯に触れられるのを嫌がる、片側だけで噛む、といった様子で気づかれる場合もあります。レントゲン検査で状態を確認したうえで、抜歯などの処置が検討されるのが一般的とされています。
抜けた歯を見つけたときに、確かめておきたいこと

抜けた歯を見つけたとき、まずしていただきたいのは、無理に口をこじ開けて調べることではありません。痛みがある口を触られると、猫は強く嫌がり、次から口元に手を近づけることさえ難しくなってしまいます。落ち着いて、次のことを覚えておく、あるいは書き留めておくだけで十分です。
抜けた歯そのものは、可能であればティッシュなどに包んで残しておくと、受診の際に見てもらえます。歯冠(見えている部分)だけが欠けて根が残っている場合もあり、その判断も含めて獣医師の確認が必要になります。「抜けたから治った」わけではなく、根が残っていれば痛みが続いていることもあるとされている点は、覚えておきたいところです。
飲み込んでしまったかもしれない、というご相談もよくあります。多くの場合は便とともに排出されると説明されますが、猫の様子におかしなところがあれば、自己判断せずに動物病院へ連絡してください。あわせて、いつから何本抜けたか、口臭や食べ方に変化はあるか、体重は減っていないかを整理しておくと、診察がスムーズになります。
- いつ・何本抜けたか(日付をメモしておく)
- 抜けた歯は保管したか(可能であれば持参する)
- 口臭・よだれ・食べこぼしの有無
- 食べる速さや、噛む側が偏っていないか
- 体重の推移(同じ体重計で週1回が目安)
歯が抜けたあとの食事の工夫
歯が抜けた、あるいは抜歯を受けたあとに、多くの飼い主さんが心配されるのが食事です。結論から言えば、猫はもともと食べ物をあまり噛まず、丸のみに近い食べ方をするため、歯が減っても食事の形状を整えれば食べられることが多いと、動物病院の解説では説明されています。抜歯後の猫が問題なく食べているという報告も少なくありません。

ただし、持病がある猫や療法食を続けている猫では、食事内容の変更が体の別の負担につながることもあります。以下は一般的に紹介されている工夫ですが、実際に切り替える前に、かかりつけの獣医師に相談してから進めてください。
1やわらかい形状にととのえる
ウェットフードやペースト状のフードは、歯ぐきへの負担がかかりにくい形状として紹介されています。ドライフードを続ける場合は、ぬるま湯で10〜15分ほどふやかす方法が案内されており、熱湯は香りや栄養が損なわれるため避けるとされています。香りが立つ温度(人肌程度)にすると、食欲が落ちている猫でも口をつけやすいと言われます。
2器の高さと形を見直す
浅めで縁の低い器は、口をあまり深く入れずに食べられます。少し高さのある台に器を置くと、首を深く曲げずに済むため、関節に不安のあるシニア猫でも楽な姿勢で食べられることがあります。ひげが器の縁に当たるのを嫌がる猫もいるため、口径の広い器を試してみるのもひとつです。
3少量をこまめに分ける
一度にたくさん食べられなくなっている場合は、1日の量を変えずに回数を増やすと、負担が分散します。ウェットフードは乾きやすく傷みやすいため、出しっぱなしにせず、食べ残しは時間を決めて片づけるのが基本とされています。
4食べた量と体重を記録する
どれだけ食べられたか、こぼした量はどのくらいか、体重は減っていないか。この3つを数日単位で残しておくと、受診時にそのまま獣医師へ伝えられる情報になります。体重は毎回同じ体重計で、できれば同じ時間帯に測ると変化が分かりやすくなります。
なお、抜歯を受けた直後は、獣医師から食事の形状や再開のタイミングについて具体的な指示が出ます。動物病院の解説では、術後しばらくはやわらかい食事を基本とし、傷の様子を見ながら段階的に戻していく流れが紹介されています。自己判断で早めに固いフードへ戻さず、指示された期間を守ることが大切とされています。
動物病院へ相談する目安

歯が抜けたこと自体が、すでに受診をおすすめしたい状態です。そのうえで、次のような様子が重なっているときは、できるだけ早めに相談されることをおすすめします。以下は獣医療機関が挙げている代表的なサインを、緊急度の目安とともに整理したものです。ここに当てはまらなくても、いつもと違うと感じたら受診の理由になります。
| 様子・サイン | 考えられること | 相談の目安 |
|---|---|---|
| 食べたそうにするのに食べない・器の前で固まる | 口の痛みで食べられない可能性 | 当日〜翌日に相談 |
| 丸1日以上、ほとんど食べていない | 猫は絶食が続くと肝臓に負担がかかるとされる | できるだけ早く受診 |
| よだれが増えた・口の周りが濡れて汚れる | 口内の炎症や強い痛み | 数日以内に受診 |
| 強い口臭・歯ぐきの赤みや出血 | 歯周病や歯肉口内炎の可能性 | 数日以内に受診 |
| フードをこぼす・片側だけで噛む | 痛む部分を避けて食べている可能性 | 数日以内に受診 |
| 口の周りを前足で触る・顔を触られるのを嫌がる | 口腔内の痛み | 数日以内に受診 |
| 体重が少しずつ減っている | 食べる量が足りていない可能性 | 次回の診察を前倒しして相談 |
| 抜けた歯の跡が腫れている・出血が続く | 歯の根が残っている、感染などの可能性 | 当日〜翌日に相談 |
受診の際は、あらかじめ「口の中を診てほしい」と伝えておくと、病院側も準備がしやすくなります。歯科の処置は麻酔が必要になることが多く、高齢の猫では血液検査などで全身の状態を確認したうえで、麻酔をかけられるかどうかが検討されます。年齢だけを理由に処置を諦める必要はない一方、無理をしない選択も含めて、獣医師と相談しながら決めていくことになります。持病や飲んでいる薬があれば、その情報も忘れずに伝えてください。
これ以上抜けないために、家でできること

すでに歯が抜けてしまったあとでも、残っている歯を守るためにできることはあります。コーネル大学猫健康センターは、歯科疾患の予防として最も効果的な方法は、猫用の歯みがき剤を使った日常的な歯みがきだとしています。人用の歯みがき剤は猫に適さないとされているため、必ず動物用のものを使ってください。
とはいえ、シニア期に入ってから急に歯ブラシを口に入れられるのは、猫にとって負担が大きいものです。口に痛みがある状態であればなおさらで、無理に続けると口元を触られること自体を嫌がるようになってしまいます。まずは口元に触れる、指で唇をめくる、といった段階から少しずつ慣らしていき、嫌がる日は無理をしない。この「引き際」を守ることが、結果として長く続けるコツだと言われています。
もうひとつ大切なのが、定期的な健康診断です。シニア期に入る7歳ごろからは年2回程度の健康診断をすすめる動物病院が多く、10歳を超えたらさらに間隔を短くする考え方も紹介されています。全身のチェックのついでに口の中も見てもらえるよう、診察時に「口の中も診てください」と一言添えておくと安心です。抜けてから探すより、抜ける前に見つけるほうが、猫にかかる負担はずっと小さくなります。
シニア期の口の変化と、そっと向き合っていくために

歯が抜けるという変化は、飼い主さんにとって「その子が年を重ねた」という事実を目に見える形で突きつけてくるものでもあります。抜けた歯を手のひらにのせたとき、うれしいはずのない気持ちが胸に広がったとしても、それは自然なことです。長く一緒に過ごしてきたからこそ、小さな変化がこたえるのだと思います。
同時に、歯が抜けたことは、その子の生活が終わりに向かっているという意味ではありません。食べる形を整え、痛みがあれば取り除いてもらうことで、これまでどおりの穏やかな時間を過ごしている猫はたくさんいます。今できるのは、痛みを見逃さないことと、食べる楽しみを守ってあげること。それだけで十分です。
ただ、高齢期に入ると、いつか訪れるお別れのことが頭をよぎる日もあるかもしれません。考えたくないと感じるのであれば、無理に向き合う必要はまったくありません。もし少しだけ心の準備をしておきたいと思われたときのために、そのときの流れをまとめた記事をご案内しておきます。読むタイミングは、ご自身が決めてくださって大丈夫です。
また、シニア期の看病が続くと、まだお別れが来ていないのに気持ちが沈む、涙が出るという方もいらっしゃいます。それは弱さではなく、深く愛しているからこそ起きることだと言われています。ご自身の心がつらいときは、こちらもそっとご覧ください。
よくある質問
※本記事は一般的な情報の提供を目的としたもので、診断や治療の代わりになるものではありません。気になる症状は動物病院にご相談ください。記載内容は執筆時点(2026年7月)に公開されている獣医療機関の情報をもとにしています。
まとめ
高齢の猫の歯が抜けるのは、年齢そのものが理由ではなく、歯周病・歯肉口内炎・吸収病巣といった口の中の病気が背景にあることが多いとされています。4歳を超えた猫の50〜90%が何らかの歯科疾患を抱えているという報告もあり、決して珍しいことではありません。だからこそ、抜けた歯は「口の中を確かめてください」という、その子からの静かな知らせだと受け取っていただけたらと思います。
歯が減っても、食事の形を整えれば食べられる猫は多いと説明されています。ウェットやふやかしたフードから試し、食べた量と体重を記録し、気になる様子があれば早めに動物病院へ。できることは、そう複雑ではありません。痛みを取り除いてもらえれば、また穏やかに眠り、日なたで丸くなる時間が戻ってくることもあります。
長く一緒に過ごしてきた子の口元に、小さな変化を見つけた今日という日が、その子の痛みをひとつ減らすきっかけになりますように。